法華経 現代語訳 80

妙法蓮華経 観世音菩薩普門品 第二十五
その時に無尽意(むじんに)菩薩は、座より立って、片方の右の肩を現わして(注:仏を礼拝する姿勢)、合掌し仏に向かって、次のように申し上げた。
「世尊よ。観世音菩薩はどのような因縁によって、観世音と名づけられるのでしょうか。」
(注:今回から、一般的に『観音経』と言われる、『観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)』である。まず「普門」とは、「あらゆる方角に遍く(=普く)開かれた門」という意味である。そして、観世音の原語は、「アヴァロキテーシヴァラ」であり、意味は、「自由自在に世間の声を聞き分ける」というものである。唐の玄奘(げんじょう)が訳した『摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)』の冒頭にもこの菩薩の名があるが、玄奘はこれを「観自在菩薩」と訳している。つまり、玄奘は「自由自在」というところにスポットを当てて訳したわけであるが、この『法華経』を訳した鳩摩羅什は、「世間の声」というところにスポットを当てて訳したのである。「観世音菩薩」が省略されて「観音様」と呼ばれているので、鳩摩羅什の訳した名前が一般的になっているのである。)
仏は無尽意菩薩に次のように語られた。
「良き男子よ。もし無量百千万億の衆生が、あらゆる苦悩を受けた時、この観世音菩薩の名を聞いて、一心にその名を唱えれば、観世音菩薩は即時にその声を聞き分け、みなその苦しみから脱することを得させるのだ。
もしこの観世音菩薩の名を保つ者は、たとえ大火の中に入ってしまっても、火はその者を焼くことはできないであろう。この菩薩の威神力によるためである。もし大水の中に漂ってしまっても、この名号を唱えれば、即時に浅いところにたどり着くであろう。もし百千万億の衆生が、金や銀、瑠璃(るり)、硨磲(しゃこ・シャコガイの貝殻)、瑪瑙(めのう)、珊瑚(さんご)、琥珀(こはく)、真珠などの宝を求めて大海に入り、暴風がその船に吹き付け、悪鬼の国に流れ着いたとする。その中にひとりの人が、観世音菩薩の名を唱えれば、それらの人々は、悪鬼の難から逃れることができるであろう。このような因縁をもって、観世音と名づけるのである。
もしある人がいて、まさに切り殺されるという時になって、観世音菩薩の名を唱えれば、その刀杖はバラバラに壊れて、その難から逃れることができるであろう。もしすべての国々の中に満ちている夜叉(やしゃ)や羅刹(らせつ)などの鬼神が来て、人々を悩まそうとした時、この観世音菩薩の名を唱えれば、これらの悪鬼たちはその悪眼をもって彼らを見ることはできなくなるであろう。ましてや、害を加えることはできないであろう。たとえある人がいて、有罪あるいは無罪で鎖につながれていても、観世音菩薩の名を唱えれば、鎖は砕けて、すぐに逃れることができるであろう。もしあらゆる国々に満ちる盗賊がいて、その中をひとりの商人の主が、多くの商人を率いて高価な宝を持って、険しい道を通過しようとしていたとする。その中のひとりが、次のように言ったとする。『多くの良き男子たちよ。恐れることはない。あなたたちはまさに、一心に観世音菩薩の名号を唱えるべきである。この菩薩は、よく無畏(むい・恐れがないという意味)をもって衆生に施される。あなたがたがもしその名を唱えれば、この盗賊の難から逃れることができるであろう。』多くの商人たちはこれを聞いて共に声を発して、『南無観世音菩薩』と唱えたとする。そしてその名を唱えたために、この難から逃れることができるであろう。
無尽意菩薩よ。大いなる観世音菩薩の威神力は、このように高く尊いのである。

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 79

妙音菩薩は娑婆世界に着き、七宝の台を降り、百千金の値の瓔珞を持って釈迦牟尼仏の所に至り、その足に頭面をつけて礼拝し、瓔珞を捧げて次のように申し上げた。
「世尊よ。浄華宿王智仏は世尊に次のように訪ねておられます。『病少なく悩み少なく、立ち居振る舞いも軽やかで、安楽にお過ごしですか。健康でいらっしゃいますか。世に起こることは忍びやすいでしょうか。衆生は導きやすいでしょうか。貪欲、怒り、愚癡、嫉妬、慢心が多くないでしょうか。父母に孝行せず、僧侶を敬わず、邪見不善の心で感情を収めることができないようなことはないでしょうか。世尊よ。衆生は多くの魔や怨を退けているでしょうか。遠い昔に滅度された多宝如来は、七宝の塔の中におられ、教えを聞いておられるでしょうか。』また、多宝如来に次のように訪ねておられます。『安穏であり悩み少なく、引き続き、娑婆世界におられますか。』世尊よ。私は今、多宝仏を拝し奉ることを願います。世尊よ。私に示し、拝させてください。」
その時に釈迦牟尼仏は、多宝仏に次のように語られた。
「この妙音菩薩は、あなたのお姿を拝することを願っています。」
その時に多宝仏は、妙音菩薩に次のように語られた。
「良いことだ。良いことだ。あなたは釈迦牟尼仏を供養し、および法華経を聞き、ならびに文殊菩薩たちを拝するためによくここに来られた。」
その時に華徳(けとく)菩薩は仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。この妙音菩薩は、どのような善根(ぜんこん・良い果報をもたらす行為)を積み、どのような功徳を修して、このような神通力を得たのでしょうか。」
仏は華徳菩薩に次のように語られた。
「過去に仏がおられた。その名を雲雷音王・多陀阿伽度阿羅訶三藐三仏陀(うんらいおんおうただあかどあらかさんみゃくさんぶっだ)という。その国を現一切世間(げんいっさいせけん)と名づける。その劫を喜見(きけん)と名づける。妙音菩薩は一万二千年間、あらゆる伎楽をもって、雲雷音王仏を供養し、ならびに八万四千の七宝の鉢を捧げた。その因縁の果報によって、今、淨華宿王智仏の国に生まれ、この神通力があるのだ。
華徳菩薩よ。あなたはどう思うか。その時に、雲雷音王仏の所に妙音菩薩として、伎楽をもって供養し、宝器を捧げた者は誰でもない、今この大いなる妙音菩薩なのだ。
華徳菩薩よ。この妙音菩薩は、かつて無量の諸仏を供養し、親しく近づいて、長い間徳本を植え、また大河の砂の数に等しい、百千万億をさらに一千億倍した数の仏に従ったのだ。
華徳菩薩よ。あなたはただ妙音菩薩の身体はひとつだと見ているが、この菩薩は、あらゆる姿になって、あらゆるところの衆生のためにこの経典を説くのだ。
ある時は梵天の姿となって、ある時は帝釈天の姿となって、ある時は自在天(じざいてん・ヒンズー教シヴァ神に同じ)の姿となって、ある時は大自在天の姿となって、ある時は天大将軍の姿となって、ある時は毘沙門天の姿となって、ある時は転輪聖王の姿となって、ある時は小王の姿となって、ある時は長者の姿となって、ある時は貿易商人の姿となって、ある時は宰官の姿となって、ある時は婆羅門の姿となって、ある時は僧侶、尼僧、男女の在家信者の姿となって、ある時は長者や貿易商人の婦人の姿となって、ある時は宰官の婦人の姿となって、ある時は婆羅門の婦人の姿となって、ある時は男女の子供の姿となって、ある時は天龍八部衆の姿となって、この経を説く。そのようにして、地獄、餓鬼、畜生、および多くの仏の道に妨げになるところにいる者たちを救済する。さらに王の宮殿においては、変じて女の身となってこの経を説く。
華徳菩薩よ。この妙音菩薩は、娑婆世界の多くの衆生を救い守る者である。この妙音菩薩はこのようにあらゆる姿になって、この娑婆国土に現われ、多くの衆生のためにこの経典を説くのだ。神通力、変化、智慧においては衰えることはない。この菩薩は、その智慧をもって明らかに娑婆世界を照らして衆生に知られ、またあらゆる方角の大河の砂の数ほどの世界の中においてもそうなのである。
また、声聞の姿によって導かれる者には、声聞の姿を現わして教えを説き、辟支仏の姿によって導かれる者には、辟支仏の姿を現わして教えを説き、菩薩の姿によって導かれる者には、菩薩の姿を現わして教えを説き、仏の姿によって導かれる者には、仏の姿を現わして教えを説く。
このように、さまざまな姿をもって、導くべき者に従って姿を現わすのだ。さらに、滅度することをもって導くべきものには、滅度の姿を現わすのだ。華徳菩薩よ。大いなる妙音菩は、このように大いなる神通力や智慧の力を成就している。
その時に華徳菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。この妙音菩薩は、深く善根を植えています。世尊よ。この菩薩はどのような三昧(=瞑想)の中にあって、このように姿を変えて衆生を導くのでしょうか。」
仏は華徳菩薩に次のように語られた。
「良き男子よ。この三昧を現一切色身と名づける。妙音菩薩はこの三昧の中にあって、このように無量の衆生を導くのだ。」
仏がこの『妙音菩薩品』を説かれた時、妙音菩薩と共に来た八万四千の菩薩たちは、みな現一切色身三昧を得、この娑婆世界の無量の菩薩もまた、この三昧および陀羅尼を得た。
その時に大いなる妙音菩薩は、釈迦牟尼仏および多宝仏塔を供養し終わって、本土に帰った。その時通過したあらゆる国は、六通りに震動して宝の蓮華を降らせ、百千万億のあらゆる伎楽を奏でた。
妙音菩薩は本国に着いて、共に従った八万四千の菩薩たちと、浄華宿王智仏のところに行き、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。私は娑婆世界に行き、衆生を教え、釈迦牟尼仏にお会いし、および多宝仏塔にお会いして礼拝供養し、また教えの王子である文殊菩薩に会い、および薬王菩薩、得勤精進力菩薩、勇施菩薩等に会いました。また、この八万四千の菩薩が現一切色身三昧を得るように導きました。
仏がこの『妙音菩薩来往品』(=『妙音菩薩品』)を説かれた時、四万二千の天子たちは、この世に存在に対する悟りを得、華徳菩薩は法華三昧を得た。

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 78

妙法蓮華経 妙音菩薩品 第二十四

その時に釈迦牟尼仏は、大いなる肉髻(にくけい・仏の頭部の盛り上がったところ)から光明を放ち、および眉間にある白毫(びゃくごう・仏の眉間にある毛の渦)から光を放って、東方にある、大河の砂を百八万億倍してさらに一千億倍した数の諸仏の世界を広く照らされた。それほどの数の仏国土を過ぎたところに浄光荘厳(じょうこうしょうごん)と名づけられる世界があった。
その国に仏がおられて、その名を浄華宿王智(じょうけしゅくおうち)如来という。無量無辺の数の菩薩の大衆から敬われ、囲まれて、彼らのために教えを説いていた。釈迦牟尼仏の白毫の光明は、広くその国を照らされた。
その時に、一切浄光荘厳国(いっさいじょうこうしょうごんこく)と名付けられた国の中にひとりの菩薩がいた。その名を妙音(みょうおん)という。長い間、徳を積んで、無量百千万億の諸仏を供養し、親しく仏に近づき、非常に深い智恵を成就し、十六種類のすぐれた三昧を得た。
(注:ここに、十六種類の瞑想の名前があるが、すべてその名称だけで内容の説明は記されていないので、煩雑を避けて省略する)。
このように、大河の砂を百千万億倍した数の多くの大いなる三昧(=瞑想)を得た。
そして、釈迦牟尼仏の光が、その妙音菩薩の身を照らした時、妙音菩薩は浄華宿王智仏に次のように言った。
「世尊よ。私は娑婆世界に行き、釈迦牟尼仏を礼拝し、親しく近づき、供養し、さらに教えの王子である文殊菩薩、薬王菩薩、勇施(ゆせ)菩薩、宿王華菩薩、上行意(じょうぎょうい)菩薩、荘厳王(しょうごんおう)菩薩、薬上(やくじょう)菩薩に会おうと思います。」
その時に浄華宿王智仏は、妙音菩薩に次のように語られた。
「あなたはその国を蔑み、下劣の思いを生じさせることのないようにせよ。良き男子よ。その娑婆世界は、高低があり、土や石があり、多くの山があり、汚れや悪が充満している。仏の身は小さく、菩薩たちも小さい。しかしあなたの身は、四万二千由旬(ゆじゅん・非常に高いという意味の単位)、私の身は六百八十万由旬である。あなたの身は何よりも美しく、百千万の福があり、妙なる光明に満ちている。そのために、その国に行ってその国の状態を軽んじ、仏、菩薩、およびその国土に対して、下劣の思いを生じさせることのないようにせよ。」
妙音菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。私が今、娑婆世界に礼拝するために行くことは、すべて如来の力、如来の神通力であり、あらゆる世界に行くことのできる力であり、如来の功徳と智慧の厳かな表われに他なりません。」
(注:もし、妙音菩薩が自分の力で娑婆世界に行くのなら、娑婆世界のあらゆる事柄と自分を比較する思いが生じるだろう。しかし、妙音菩薩には自分というものがなく、霊的にすべて如来とひとつになっている。彼の身の優れた美しさも、それゆえのものである。まさに妙音菩薩は、霊的に歩もうとする者の模範である。)
そして妙音菩薩は、その座を立たず、身を動かさずに瞑想に入り、その瞑想の力によって、法華経の説かれている耆闍崛山(ぎじゃくせん)の教えの座から遠くない場所に、八万四千のあらゆる宝の蓮華を作った。妙なる金を茎とし、白銀を葉とし、金剛を毛とし、赤い色の宝をもってその台とした。
その時に文殊菩薩は、それらの蓮華を見て、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。何の因縁によって、この不思議なしるしが現われたのでしょうか。約千万の蓮華が現われ、妙なる金を茎とし、白銀を葉とし、金剛を毛とし、赤い色の宝をその台としています。」
その時に釈迦牟尼仏は、文殊菩薩に次のように語られた。
「これは大いなる妙音菩薩が、浄華宿王智仏の国より八万四千の菩薩を従えて、この娑婆世界に来て、私を供養し、親しく近づき、礼拝しようと願い、また法華経を供養し、聞くことを願ってのことである。」
文殊菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。この菩薩は、どのような良き因縁を備え、どのような功徳を修して、このような大いなる神通力があるのでしょうか。どのような瞑想を行じるのでしょうか。願わくは私たちのために、この瞑想の名を説いてください。私たちもまたそれを勤めて修行したいと願います。その瞑想を行じて、この菩薩の姿の大小、その立ち居振る舞いを見たいと願います。願わくは世尊よ。神通力をもってその菩薩が来られたならば、私がそれを見ることができるようにさせてください。」
その時に釈迦牟尼仏は、文殊菩薩に次のように語られた。
「ここにおられる、遠い昔に滅度された多宝如来が、まさにあなたのために、その姿を見せられるであろう。」
その時に多宝仏は、妙音菩薩に次のように語られた。
「良き男子よ来れ。文殊菩薩があなたの身を見たいと願っている。」
その時に妙音菩薩は、その国において姿を消し、八万四千の菩薩と共に出発した。その通過して経た多くの国は六通りに震動して、みな七宝の蓮華が雨のように降り、百千の天の音楽が演奏されることなしに、自然と鳴り響いた。
この菩薩の目は、広大な青蓮華の葉のようである。たとい百千万の月を合わせても、その顔の美しさには及ばない。その身は真の金色であり、無量百千の功徳で厳かに飾られている。その威徳は絶大であり、その光明は輝き、あらゆる良い姿が備わっており、引き締まった身体をしていた。七宝の台に乗って、非常に高く虚空に上り、多くの菩薩たちを従えて、この娑婆世界の耆闍崛山に礼拝するために来た。

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 77

宿王華菩薩よ。この経はすべての衆生を救うのである。この経はすべての衆生を、多くの苦悩から離れさせるのである。この経は大いにすべての衆生を導き、その願を満たすのである。それはまさに、清らかな池が、すべての渇乏する者を満たすようであり、寒さを感じる者が、火を得たようであり、裸の者が衣を得たようであり、旅の商人が隊長を得たようであり、子が母を得たようであり、渡ろうとする者が船を得たようであり、病の者が医者を得たようであり、暗闇に燈火を得たようであり、貧しい者が宝を得たるようであり、民が王を得たようであり、貿易商が海を得たようであり、灯が闇を除くように、この法華経もまたこのようである。衆生のすべての苦しみ、すべての病の痛みを離れさせ、すべての生死の縛りを解くのである。
もしある人がいて、この法華経を聞くことができ、自らも書き、人に書かせるとする。その功徳を、仏の智慧をもって測ろうとしても、そのすべてを知ることはできない。もし、この経巻を書いて、華香、瓔珞、焼香、抹香、塗香、飾られた旗や傘、衣服、あらゆる灯火、乳から作った灯火、油の灯火、あらゆる優れた香油の灯火などをもって供養したとするならば、その功徳はまた無量である。
宿王華菩薩よ。もし人がこの薬王菩薩本事品を聞いたならば、また無量無辺の功徳を得るであろう。もし女人がいて、この薬王菩薩本事品を聞いて、受け保つならば、その人が死んだ後、再び女の身受けることはないであろう。
もし如来の滅度の後の五百年の間に、もし女人がいて、この経典を聞いて、説くところに従って修行するならば、その命終わって、安楽世界の阿弥陀仏の、大いなる菩薩たちがいるところに行き、蓮華の中の宝座の上に生まれるであろう。
(注:この箇所にある「もし如来の滅度の後の五百年の間に」という言葉の原文は、「若如来滅後。後五百歳中」である。しかし、この箇所のサンスクリット原文は、「最後の五十年の間」となっている。ではなぜ、漢文ではこのようになっているのか、つまり鳩摩羅什はなぜ、この箇所をこのような漢文に翻訳したのであろうか。
それを考えるにあたって、まず「最後の五十年の間」とはどういう意味であろうか。それは明らかに、ここではこの女人の一生の期間を表わしているのである。昔は、人の一生の期間は、五十年ほどであると認識されていたことは、多くの人々が知っている通りである。さらに、この箇所では、一つ前の文も女人の話であり、その女人は「再び女の身を受けることはないであろう」とある。このサンスクリット原文の言い回しは、「この世が女性としての最後の生涯となるであろう」となっている。まさに、この文は明らかに一生の期間を表現しているのである。つまり「最後の五十年の間」という言葉も、同じように人の一生の期間と解釈すれば、この連続する文においてぴったり一致するのである。
また、同じ法華経の最後の「普賢菩薩勧発品」にも、「後五百歳」という言葉が三箇所記されている。それをここに引用すると、「於後五百歳。濁悪世中。其有受持。是経典者。我当守護」と「若後世後五百歳。濁悪世中」と「若如来滅後。後五百歳。若有人。見受持読誦」の三つである。この文の意味は読んでわかる通り、みな同じである。つまり、釈迦の死後五百年たった悪しき世の中においても、この法華経を受け保つ者を称賛する内容である。したがって、この「後五百歳」は、「薬王菩薩本事品」の内容とは全く関係がない。
しかし、鳩摩羅什は、この女人の一生の意味である「最後の五十年」ということを理解できず、同じ法華経の「普賢菩薩勧発品」の言葉と同じ意味と理解して、このように訳したと考えられる。
実は、この「若如来滅後。後五百歳中」という言葉は、この後の部分にもう一度記されており、そこからまた一つの大きな問題が生じることになるのであるが、それはその箇所の解説の中で述べることにして、ここはこれでいったん区切ることにする。
さて、もうひとつこの箇所で注目される箇所は、阿弥陀仏の話が記されているという点である。一般的に、法華経の信仰と阿弥陀仏の信仰は対立するという観念がある。つまり、南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏とは対立すると考えられているようだが、実際は、法華経の中に阿弥陀仏の信仰が登場しているのである。同じ法華経の「化城喩品」で、大通智勝如来の十六王子の話があり、そこでも、王子たちの中で釈迦如来阿弥陀如来は兄弟ということになっていた。このようなことは、ほとんど知られていないのではないだろうか。あるいは、積極的には広められてこなかったとしか言いようがない。このように、法華経の本文を直接読むことには、さまざまな深い意味があるのである。)
また貪欲などには悩まされない。また怒りや愚癡に悩まされない。また慢心、嫉妬、あらゆる汚れに悩まされない。菩薩の神通力を得るであろう。この神通力を得て、眼は清らかとなり、その眼をもって、七百万二千億を一千億倍した数の諸仏如来を見るであろう。そして、その時に諸仏は、共に褒めて次のように語られるであろう。
『良いことだ、良いことだ。良い男子よ。よく釈迦牟尼仏の教えの中において、この経を受け保ち、読誦し、思惟し、他人のために説いた。得るところの福徳は無量無辺である。火も焼くことができず、水も流すことができない。その功徳は、千の仏たちが共に説き続けたとしても尽きることがないであろう。
あなたはよく多くの魔賊や生死の軍隊を破り、その他の多くの怨敵をすべて滅ぼした。良き男子よ。百千の諸仏は神通力をもって、共にあなたを守護するであろう。すべての世の天や人の中において、あなたのような者はない。ただ如来を除いて、その他の多くの声聞、辟支仏、さらに菩薩の智慧や禅定も、あなたと等しい者はないであろう。』
宿王華菩薩よ。この菩薩である人は、このような功徳や智恵の力を成就した。もし人がいて、この薬王菩薩本事品を聞いて、喜んで『すばらしい』と賛美するとしたら、その人は現世において、口の中より常に青蓮華(しょうれんげ)の香を出し、身の毛孔の中より、常に優れた香木の香を出すであろう。得るところの功徳は以上説いた通りである。
このために宿王華菩薩よ。この薬王菩薩本事品をもってあなたに委ねる。私の滅度の後の五百年間の中で、この地に広く述べ伝えて、決して悪い菩薩の魔、魔民、諸天、龍や夜叉や鳩槃荼(くはんだ・夜叉と同様、鬼神の一種)たちに攻撃の機会を与えないようにせよ。
(注:先に述べたように、ここにも、「私の滅度の後の五百年間の中で」と、ここでは訳した言葉がある。先の箇所では、女人に関することであったが、ここでは、宿王華菩薩に委ねられた言葉として、この法華経をこの地に広く述べ伝えるべき期間を表している。
まずここでも、この箇所の本当の意味を見ていくことにする。この箇所のサンスクリット原本では、その少し前から見ると、「したがって、宿王華菩薩よ。この薬王菩薩本事品が最後の時であり最後の機会である最後の五十年の経過している間に、この娑婆世界に行なわれて消滅しないように、(中略)私はそれをあなたに委ねよう」となっている。この原本の「最後の時であり最後の機会である最後の五十年」は、先の女人の生涯のことと同じく、この宿王華菩薩の生涯を表わしていると解釈すれば、すべて意味が通じる。つまり、宿王華菩薩は、もう二度と、この娑婆世界には生まれて来ないのである。したがって、宿王華菩薩にとっては、現在の娑婆世界にいる期間が、「最後の時であり最後の機会である最後の五十年」と表現されるのである。言い換えれば、仏が宿王華菩薩に薬王菩薩本事品を委ねるということは、彼がこの娑婆世界にいる最後の機会の五十年間、この娑婆世界にそれが行なわれて消滅しないことが期待されているということなのである。このように解釈すれば、「最後の時であり最後の機会である最後の五十年」という一見不思議な言葉も、その意味がよくわかる。
しかし、先にも述べたように、このようなことを読み取ることができなかった鳩摩羅什は、先の箇所と同様に、ここも、「我滅度後。後五百歳中」と訳してしまった。さらにこの箇所は、仏が法華経を委ねる、という内容であったため、さらにこの鳩摩羅什の訳が別の意味に解釈されて行ってしまったのである。
この鳩摩羅什が訳した「如来の滅後、後の五百歳」という言葉を、日本の日蓮は「大集経」で記されているところの、「第五の五百年」と解釈している。この「大集経」の言葉は、「五百年が五つ重なった時」という意味である。つまり、第一の五百年は、一年から四百九十九年までであり、第二の五百年は、五百年から九百九十九年までであり、第三の五百年は、千年から千四百九十九年まで、第四の五百年は、千五百年から千九百九十九年まで、そして第五の五百年は、二千年から二千四百九十九年までである。そして「大集経」によれば、釈迦の死後二千年から末法が始まるとするので、第五の五百年から末法が始まると言うのである。この鳩摩羅什が訳した「如来の滅後、後の五百歳」という言葉を、「第五の五百年」と解釈することは、すなわち、「如来の滅後、後の五百歳」は末法の始まりを意味することになり、まさに日蓮はそのように解釈していたのである。それはなぜか。
それは、日蓮が非常に尊敬し、日蓮が書いた曼荼羅にも名前があがる妙楽大師湛然(たんねん・711~782・中国唐の僧侶。天台教学の中興の祖)がそのように解釈しているからである。湛然は、『法華経』の「如来の滅後、後の五百歳」の意味を、「大集経」の「第五の五百年」と解釈しており、日蓮は、何の疑問もなく、その説を受け入れているのである。
ではなぜ湛然はそのように解釈したか。
湛然ばかりではなく、他の祖師たちも、同様に解釈している場合があるので、これは湛然が最初にこのように解釈したとは言えないが、このような解釈が成り立った背景には、これもすでに述べてきたように、大乗経典のランク付けである「教判」が影響している。
教判によると、大集経は、法華経よりも先に釈迦が説かれた経典であるとされる。そうであるならば、法華経を説いた時点では、すでに釈迦は大集経の説教を通して、「第五の五百年」のことも説いていたこととなる。すると、鳩摩羅什訳の法華経にある「如来の滅後、後の五百歳」という言葉を、「第五の五百年」であると解釈しても不思議ではなく、無理もない。しかし実際は、大乗経典は釈迦が説いた教えではなく、そしてこれも実際は、大集経は法華経よりも後に成立した経典である。他の大乗経典もそうであるが、大集経と法華経を作成した大乗仏教グループは違う集団なので、直接この二つの経典は関係がない。
したがって、湛然の解釈は誤りである。つまり、鳩摩羅什がまず、サンスクリット原本の「最後の五十年」という言葉を、「如来の滅後、後の五百歳」という言葉に訳してしまい、さらにこの言葉を、湛然が(彼が最初かどうかは不明であるが)大集経と関連付けて、「第五の五百年」と解釈してしまったのである。誤りが二重になったわけである。
日蓮は、湛然の解釈の通り、この『法華経』の「如来の滅後、後の五百歳」という言葉を、仏の滅度の後の第五の五百年、つまり末法の始まりと解釈して疑っていない。そのため、日蓮は、末法の時代でこそ、法華経は広まるのであり、そのように釈迦は法華経を委ねられたのだと主張しているのである。
天台大師を始め、日蓮の当時もそうであるが、漢訳された法華経がすべてであり、当時はサンスクリット原本を見ることなどできないのである。しかし、今の時では、このことは明らかになっているのだから、もう漢訳された法華経の「如来の滅後、後の五百歳」という言葉を、仏の滅度の後の第五の五百年と読んではならないのである。)
宿王華菩薩よ。あなたはまさに神通力をもって、この経を守護すべきである。なぜならば、この経はすなわち、この地の人の病の良薬であるからである。もし病人がいたとして、この経を聞くならば、病はすなわち消滅して不老不死となるであろう。
宿王華菩薩よ。あなたがもしこの経を受け保つ者を見るならば、まさに青蓮華と抹香を盛り満たし、その上に供養して注ぐべきである。注ぎ終わって、次のように思うべきである。
『この人は遠からず必ずまさに、草を取って道場に座り、多くの魔軍を破るであろう。教えの螺(ほらがい)を吹き、大いなる教えの鼓を打って、すべての衆生を、その老病死の海から救い出すであろう。』
このために、仏の道を求める者は、この経典を受け保つ人を見るならば、まさにこのような尊敬の心を起こすべきである。」
この薬王菩薩本事品を説きたもう時、八万四千の菩薩たちは、解一切衆生語言陀羅尼を得た。
多宝如来は宝塔の中において、宿王華菩薩を褒めて次のように語られた。
「良いことだ。良いことだ。宿王華菩薩よ。あなたは思いも及ばない功徳を成就して、よく釈迦牟尼仏にこのことを問い、無量の衆生に悟りへの糧を与えた。」
(注:この章の最初の注釈に書いたように、前章の最後の盛り上がりに水を差すかのような宿王華菩薩の登場に対応して、この章の最後の多宝如来の言葉は、絶妙なホローを与えていることになる。つまり結局、この菩薩の質問によって、一度は、釈迦如来から本土に帰るように促された多宝如来はじめ多くの諸仏も、また娑婆世界の法華経の法座に引き留められ、釈迦如来もこれに続く各章を説かれるようになった、ということなのである。それならば、確かに宿王華菩薩は、思いも及ばない大きな功徳を成就したことになる。)

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 76

その時、一切衆生憙見菩薩は、仏の滅度を見て嘆き悲しみ、仏を恋慕して、最高の妙なる香木をもって薪とし、仏の身を焼いて供養した。その火が消えてから舎利を収集し、八万四千の宝瓶を作って、八万四千の塔を建てた。その塔はどの世界よりも高く、厳かに飾られ、多くの旗や幕が垂れ、多くの宝の鈴がかけられた。
その時、一切衆生憙見菩薩は次のように思った。
『私はこのように供養したけれども、これではまだ心が満たされない。私は今さらに舎利を供養しよう。』
そして、多くの菩薩、大弟子、および天、龍、夜叉などのすべての大衆に次のように語った。
『あなたがたはまさに私と心を一つにしてほしい。私は今、日月浄明徳仏の舎利を供養する。』
このように語ってから、八万四千の塔の前において、あらゆる福徳に満ちた荘厳なる肘(ひじ・つまり腕のこと)を七万二千年間燃やし続け、舎利を供養した。
それによって、無数の声聞を求める人々のうち、数えることができないほどの多くの人々が、最高の悟りを求める心を起こし、みな、現一切色身三昧に入ることができた。
その時に多くの菩薩、天、人、阿修羅などの天的存在たちは、この菩薩の肘が焼けてなくなっているのを見て、とても悲しみ嘆いて、次のように言った。
『この一切衆生憙見菩薩は、私たちの師であり、私たちを教化された方である。しかし今、肘が焼けて不自由な身体になってしまった。』
その時に一切衆生憙見菩薩は、大衆の中において、次のように誓った。
『私は両方の肘を捨てても、必ず仏の金色の身を得るであろう。もしこの言葉が真実であり偽りでなければ、その証拠として、私の両方の肘は以前のように元通りになるであろう。』
この誓い終えたとき、両方の肘は自然に元通りになった。この菩薩の福徳と智慧が豊かであるためである。その時に、すべての世界は六通りに震動し、天より宝の花が降り、天や人は、このようなことは今までになかったと驚いた。」
仏はなおも続けて、宿王華菩薩に次のように語られた。
「あなたはどう思うか。一切衆生憙見菩薩は、誰でもない、今の薬王菩薩なのである。このように数えることもできないほど、その身を捨てて布施したのである。
宿王華菩薩よ。もし最高の悟りを求めようという心を起こす者は、手の指や足の指を燃やして仏塔に供養せよ。それは、国や城、妻子、およびすべての世界の山林、川や池、あらゆる珍宝をもって供養する者に勝るのである。
(注:自分の手足を燃やしてまで仏に供養する、ということは、もちろんこの世においての話ではない。実際に、そのようにしたという僧侶の逸話もあるが、決してこの世で行なわれるべきものではない。なぜなら、繰り返し述べているように、法華経は霊的世界の真理を、仏教という宗教を通して表現しているからである。そもそも大乗経典はすべて、そのように生み出されていったものである。もちろんそのため、宗教学的な分類では当然、仏教経典であるが、もはや仏教だとかキリスト教だとか神道だとか、そのような範疇を超えた真理を表現している経典として読んでこそ、法華経の真実の姿を知ることができるのである。)
もしある人が、七宝をもってすべての世界を満たし、仏および大いなる菩薩、辟支仏、阿羅漢に供養したとする。その人が得るところの功徳も、たとえそれが最も大きな功徳の場合でも、この法華経の一句あるいは四句の詩偈を受け保つ功徳には、比べようもないほど小さい。
宿王華菩薩よ。例えばすべての川の流れ、江河の水と比べても、海の水が比べようもないほど第一であるように、この法華経もまたこれと同じである。多くの如来が説いた経典の中において、最も深大である。また、この世界にあるすべての山の中で、須弥山が第一であるように、この法華経もまたこれと同じである。諸経の中において、最も高いのである。またあらゆる星の中で、月が最も第一であるように、この法華経もまたこれと同じである。千万憶の諸経の教え中において、最も明るいのである。また、太陽があらゆる闇を除くように、この法華経もまたこれと同じである。すべての不善の闇を破るのである。また、あらゆる王の中で、転輪聖王が最も第一であるように、この法華経もまたこれと同じである。多くの経の中において、最も尊いのである。また、帝釈天が三十三天の中で王であるように、この経もまたこれと同じである。多くの経の中の王である。また、大梵天王が、すべての衆生の父であるように、この経もまたこれと同じである。すべての聖なる者、賢い者、学ぶべきことがある者、もはや学ぶべきことがない者、および菩薩の心を起こす者たちの父である。また、すべての一般の人間の中で、一人で悟った者が第一なるが如く、この経もまたこれと同じである。すべての如来の所説、または菩薩の所説、または声聞の所説、あらゆる経の教えの中で、最も第一である。この経典を受け保つ者も、またこのようである。すべての衆生の中で第一である。すべての声聞、辟支仏の中で、菩薩が第一であるように、この経もまた同じである。すべての経の教えの中で、最も第一である。仏があらゆる教えの王であるように、この経もまた同じである。あらゆる経の中の王である。

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 75

妙法蓮華経 薬王菩薩本事品 第二十三

その時に、宿王華(しゅくおうけ)菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。薬王(やくおう)菩薩は、娑婆世界においてどのようなわざを行なうのでしょうか。世尊よ。この薬王菩薩は、百千万億を一千億倍した数の難行苦行をしています。良き方である世尊よ。願わくは説いてください。多くの天竜八部衆、また他の国土より来た菩薩、および声聞たちはそれを聞いてみな喜ぶでしょう。」
(注:今回から、第二十三章にあたる『薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)』である。「本事」とは、「過去の話」という意味であり、遠い過去から前世に至るまでのことを指す。
ところで、直前の『嘱累品』は、法華経を委ねられた人々が大いに喜び、その中で釈迦如来が他国から来た諸仏に、本土に帰るよう促す場面で終わっている。そのようなクライマックスの盛り上がりの中で、いきなり、「薬王菩薩について教えてください」と仏に質問する宿王華菩薩は、よほど空気の読めない人、ということになってしまう。連続して法華経を読んでいると、誰もがこの章の冒頭で、そのような違和感を持つのではないだろうか。
法華経は、さまざまな文章やその内容が、法華経の説く霊的真理に一致しているということで編集され、出来上がっていった経典である。決して、実在した歴史的釈迦が一気に説いた経典ではない。したがって、必ずしも各章が順序よく成り立っているわけではない。したがって、このように連続して読むにあたっては、少々無理があると思われる節々も生じるわけである。しかし実はそのようなところも、法華経の編集にあたって、霊的真理の流れにそった絶妙なホローもされているのである。それは後に見ることになる。)
その時に仏は、宿王華菩薩に次のように語られた。
「数えることもできないほど非常に遠い過去に、仏がいた。その名を、日月浄明徳(にちがつじょうみょうとく)如来といった。その仏に八十億の大いなる菩薩たちと、大河の砂を七十二倍した数の大いなる声聞たちがいた。その仏の寿命は四万二千劫、菩薩の寿命もまた同じであった。
その国には、女人、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅等、およびあらゆる災難などはなかった。地は手のひらのように平らであり、瑠璃でできていた。宝樹は厳かに壮大であり、宝の網はその上を覆い、宝の花の幕が垂れ、宝の瓶、香炉などが国の境を囲っていた。一つの樹に七宝によってできた台があった。その樹の高さも非常に高かった。その多くの宝の樹には、菩薩や声聞がいて、その下に座っていた。多くの宝の台の上に、それぞれ百億の諸天がいて、天の伎楽を演奏し、仏を讃嘆する歌をもって供養していた。
その時その仏は、一切衆生憙見(いっさいしゅじょうきけん)菩薩、および多くの菩薩たちや多くの声聞たちのために、法華経を説かれた。
この一切衆生憙見菩薩は自ら願って苦行を修し、日月浄明徳仏の教えに従って精進して、一心に仏を求め続けて万二千歳が満ちたところで、現一切色身三昧(げんいっさいしきしんざんまい・あらゆる衆生の姿を自由に表すことができる三昧)を得た。この三昧を得て、大いに喜んで、次のように思った。
『私が現一切色身三昧を得ることができたのは、法華経を聞いたからである。私は今、まさに日月浄明徳仏および法華経を供養しよう。』
こうして即時にこの三昧に入って、虚空の中において、天の花や天の香を降らせ、それらを虚空の中に満たして雲のようにして下し、また優れた香木の香を降らせた。これらの価値は、この娑婆世界そのものに匹敵する。このようにして仏を供養した。
この供養をなし終わって、三昧より立って次のように思った。
『私は神通力をもって仏を供養したが、自分の身体をもって供養することには及ばない。』
すなわち、天の多くの香木の香を飲み、また天の多くの花の香りの油を飲み続けて、千二百年が満ちた時、さらに香油を身体に塗り、日月浄明徳仏の前において、天の宝の衣をもって自ら身体にまとい、多くの香油を注ぎ、神通力によって自らの身体を燃やした。その光明は広く大河の砂を八十億倍したほどの数の世界を照らした。
その中の諸仏は、同時にこれを褒めて、次のように言った。
『良いことだ、良いことだ。良き男子よ。これこそ真の精進である。これこそ真の教えのゆえに如来を供養することだ。もし花や香、瓔珞、焼香、抹香、塗香、天の布、旗や優れた香木の香などの諸物をもって供養するとしても、これには及ばない。たとい国や城や妻子を捨てることも、またこれには及ばない。良き男子よ。これこそ第一の施しである。多くの施しの中で、最も尊く最上である。教えのゆえに、多くの如来を供養したからである。』
このように語って、諸仏はそれぞれ沈黙した。
その身体の火は、千二百年燃え続け、その後、その身体は燃え尽きた。
一切衆生憙見菩薩は、このような教えに対する供養を行ない、命が終わった後は、また日月浄明徳仏の国の中に生まれて、その世では、浄徳王という者の家において、結跏趺坐(けっかふざ)して忽然と姿を現わし、その父親に向かって、詩偈の形をもって次のように語った。
(注:一切衆生憙見菩薩はいったん死んで、次の生に生まれ変わったが、その時は、浄徳王という者の家の子供として生まれたのである。しかし、普通の子供ではなく、また母親の胎内から出て来たのでもなく、仏が座る姿である結跏趺坐の姿で忽然と姿を現わし、父親に向かって詩の形で言葉を発した、ということである。)
『大王に申し上げます 私はかの場所において 即時に一切現諸身三昧を得て 大いに精進して その時の肉体を捨てたのです』
この偈を説き終わり、父に次のように語った。
『日月浄明徳仏は、今もこの世におられます。私は先の世でこの仏を供養し、すべての衆生の言葉を理解する陀羅尼を得(注:先に述べられていた現一切色身三昧の言葉の面を強調した表現と思われる)、また、この法華経の八百千万億を一千億倍した数のあらゆる形の詩偈を聞きました。大王よ。私は今、まさにこの仏を供養するために行きます。』
このように語り終わって、即座に七宝の台に座り、非常に高く虚空に昇って、仏の場所に到着し、頭面に仏の足をつけて礼拝し、十の指の爪を合わせて、詩偈の形をもって次のように仏を賛美した。
『その御顔は妙にして清らかで その光明はあらゆる方角を照らされます 私はかつて供養し また今お会いするために戻って来たのです』
その時に一切衆生憙見菩薩は、この詩偈を説き終わって、仏に次のように申し上げた。
『世尊よ。世尊はなおこの世にいらっしゃったのですね。』
その時に日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩に次のように語られた。
『良き男子よ。私は涅槃の時が近づき、滅度してすべてが尽きる時となった。その床を用意してほしい。私は今夜、まさに涅槃に入るであろう。』
また、一切衆生憙見菩薩に次のように告げられた。
『良き男子よ。私は仏の教えをあなたに委ねる。および多くの大弟子である菩薩たち、ならびに最高の悟りの教え、また七宝でできたすべての世界、あらゆる宝の樹、宝の台、および給侍する諸天を、すべてあなたに与える。私が滅度した後に残った舎利(=遺骨)もまた、あなたに委ねる。まさにこの舎利があらゆるところで供養され、千の塔が建てられるようにせよ。』
このように日月浄明徳仏は一切衆生憙見菩薩に告げ終わって、夜半に涅槃に入られた。
(注:薬王菩薩の前世物語は大変長い。また、直前の『嘱累品』もそうであったが、詩偈の形の短い言葉もあるとは言え、基本的には散文だけで成り立っており、散文の箇所の内容を繰り返す詩偈の箇所はない。)

 

つづく

 

法華経現代語訳

 

法華経 現代語訳 74

妙法蓮華経 嘱累品 第二十二

(注:今回は、二十二章にあたる『嘱累品(ぞくるいほん)』である。「嘱累」という言葉は、適切な現代語は見当たらないが、この法華経では、「この経を広めるために委ねる」という意味であり、この直前の『如来神力品』の中にも二度出てきている言葉である。このように、『如来神力品』とこの『嘱累品』は内容が共通している。
またこの『嘱累品』は、法華経の中で最も短い章であり、内容的には、この章でこの経典が終わっても何ら不思議はない。すなわち、ここまで説いてきた法華経を、この経典を広めることに使命を持つ者たちに委ねる、という内容であり、さらに最後の箇所では、釈迦如来が、多宝仏をはじめ、他の世界から来た諸仏に対して、本国に帰るように勧めているほどである。しかしもちろん、法華経はこの後も続く。特にこの後には、『観音経』と名付けられて、独立した経典としてまで用いられている『観世音菩薩普門品』もある。
法華経の成立史から見れば、いったん法華経はこの章で終わっており、後に、これ以降の章が加えられたと考えられる。これ以降の章は、法華経の応用編として、法華経の精神をもってわざを行なう菩薩たちを中心として展開していくのである。)
その時に釈迦牟尼仏は、法座より立って、大いなる神通力を現わされた。右の手をもって無量の大いなる菩薩たちの頭の上をなでて、次のように語られた。
「私は測ることもできないほどの無量の歳月において、この得難い最高の悟りへの教えを修習した。今、これをあなたがたに委ねる。あなたがたはまさに、一心にこの教えを広め、多くの人々を導くべきである。」
(注:よく大人が子供をほめたりするとき、子供の頭をなでることをするが、その根拠は、この法華経の一節にあるのである。あなたはよい子だから、私のすべてを委ねる、というほどの意味であるから、この上なく最高にほめる行為だと言うことができる。)
このように三度、多くの大いなる菩薩たちの頭の上をなでて、次のように語られた。
「私は測ることもできないほどの無量の歳月において、この得難い最高の悟りへの教えを修習した。今、これをあなたがたに委ねる。あなたがたはまさに、この経を受け保ち読誦し、広くこの教えを述べ伝えて、すべての衆生が聞いて知るようにすべきである。それはなぜであろうか。如来には大いなる慈悲があり、滞ることなく、また恐れることなく、衆生に仏の智恵、如来の智恵、自然(じねん・人の計らいを超えているという意味)の智恵を与える。如来はすべての衆生にとって大いなる施主である。あなたがたはまさに、従って如来の教えを学ぶべきである。怠けることがないようにせよ。未来世において、もし良き男子や良き女人いて、如来の智恵を信じようとする者には、まさにこの法華経を演説して、聞いて知るようにすべきである。その人に仏の智恵を得させるためである。
もし衆生の中に信じることをせず受けることをしないない者があれば、まさに如来の他の深い教えによって、示し教え導き喜ばすべきである。あなたがたはもしこのようにするならば、すでに諸仏の恩に報いていることになる。」
(注:この法華経を信じることをせず、受けることをしない者には、他の教えを示しなさい、ということは、まさにこの法華経の前半で述べられていた方便である。最終的には、すべての者をこの法華経に導くべきなのであるが、まだその準備ができていない者には、他の教えから始まって、順々にこの法華経に導けばよい、ということである。)
この時に多くの大いなる菩薩たちは、仏がこのように語られたことを聞き終わって、みな大いに喜びにあふれ、大きな尊敬の念を抱き、身体を曲げて頭を垂れ、合掌して仏に向かって共に次のように申し上げた。
「世尊の命じられた通り、まさに謹んで行ないます。ただ願わくは、世尊におかれましては、心配なさることなどありませんように。」
多くの大いなる菩薩たちは、このように三度、共に声を発して次のように申し上げた。
「世尊の命じられた通り、まさに謹んで行ないます。ただ願わくは、世尊におかれましては、心配なさることなどありませんように。」
その時に釈迦牟尼仏は、あらゆる方角から集まった多くの分身の仏に対して、それぞれ本土に帰らせようとして、次のように語られた。
「諸仏それぞれに安楽があるように。多宝仏の塔、帰って昔のようになさるように。」
この言葉を語られた時、あらゆる方角から集まった無量の分身の諸仏、そして宝樹の下の立派な座の上に座っていた者、および多宝仏、ならびに上行菩薩などの数えきれないほどの菩薩たち、舎利弗などの声聞や僧侶や尼僧や男女の在家信者たち、およびすべての世界の天、人、阿修羅などは、仏の説かれる言葉を聞いてみな大いに喜んだ。

 

つづく

 

法華経現代語訳