法華玄義 現代語訳  86

『法華玄義』現代語訳 86 ①―B.b.出世間禅 「出世間禅(しゅっせけんぜん)」には四つの項目がある。一つ目はⅠ.「観禅(かんぜん」であり、二つ目はⅡ.「練禅(れんぜん)」であり、三つ目はⅢ.「熏禅(くんぜん)」であり、四つ目はⅣ.「修禅(じゅぜ…

法華玄義 現代語訳  85

『法華玄義』現代語訳 85 ①―B.a.Ⅱ.根本浄禅 「根本浄禅」は、先にも述べた通り、「不隠没」、「無垢」、「有記」である。前の「根本味禅」とは異なっている。そしてこれには「六妙門(ろくみょうもん)」と「十六特勝(じゅうろくとくしょう・六妙門…

法華玄義 現代語訳  84

『法華玄義』現代語訳 84 ①―B.定聖行(じょうしょうぎょう) 「定聖行」について述べるにあたって、三つの項目を立てる。第一はa.「世間禅(せけんぜん)」、第二はb.「出世間禅(しゅっせけんぜん)」、第三はc.「出世間上上禅(しゅっせけんじょ…

法華玄義 現代語訳  83

『法華玄義』現代語訳 83 また、先にあげた「四弘誓願」は総合的な「総願」であるが、個別的な「別願」について次に述べる。自分自身の心を抑制することから「別願」が起こる。たとえこの身が熱せられた鉄の床に臥すようなことになっても、破戒することに…

法華玄義 現代語訳  82

『法華玄義』現代語訳 82 次に、「五種の行(五行)」によって「行妙」について述べる。まず「別教」の「五行」について明らかにし、次に「円教」の「五行」について明らかにする。 (注:これから、「五行」によって「行妙」が明らかにされるわけであるが…

法華玄義 現代語訳  81

『法華玄義』現代語訳 81 次に、一つずつ増して行く「行」について、「教」に当てはめて述べる。 「三蔵教の行について」 まず「三蔵教」の一つずつ増して行く「行」について述べれば、それは『阿含経』の中に記されている通りである。 最初に、一つの行に…

法華玄義 現代語訳  80

『法華玄義』現代語訳 80 ◎「行妙」について詳しく述べる 第三に、「行妙」について詳しく述べるにあたって、二つある。ひとつは、一つずつ増して行く「行」について概略的に述べ、ふたつは、「教」に当てはめて一つずつ増して行く「行」について述べる。 …

『観心本尊抄』 9 (完)

『観心本尊抄』解説および現代語訳 9 疑って問う:正法と像法の二千年の間に、この地涌の千界の菩薩たちは、この地に出現してこの『法華経』を広めたのだろうか。 答える:そうではない。 驚いて問う:『法華経』ならびに本門は、仏の滅後のために、まず地…

『観心本尊抄』 8

『観心本尊抄』解説および現代語訳 8 問う:この経文の「そこから使いを送って、『あなたたちの父は死んだ』と伝えさせた」とある「使い」とは誰か。 答える:それは四依(しえ・説明前出)である。四依に四類ある。小乗の四依の多くは、正法の前半の五百年…

『観心本尊抄』 7

『観心本尊抄』解説および現代語訳 7 問う。正法像法の二千余年の間は、四依の菩薩(しえのぼさつ・『涅槃経』に記されている仏のいない世で拠り所となる四種類の人物像)ならびに人師などは、他の仏たち、小乗、権大乗、『法華経』以前や『法華経』の迹門…

『観心本尊抄』 6

『観心本尊抄』解説および現代語訳 6 問う:まだ先にあげた論難について理解ができないが、どうなのか。 答える:『無量義経』に「まだ六波羅蜜(ろくはらみつ・大乗の修行者が行なう六つの修行項目)が成就されていなくても、六波羅蜜自体は自然と存在する…

『観心本尊抄』 5

『観心本尊抄』解説および現代語訳 5 問う:竜樹や天親などについてはどうか。 答える:これらの聖人は、知っていても説かなかった人たちである。あるいは、迹門の一部分だけを述べて、本門と観心は語らず、あるいは、語る相手はいても、時至っていなかった…

法華玄義 現代語訳  79

『法華玄義』現代語訳 79 第二「展転して相照らして境に対する」 「境」に対して「智」を述べる第二は、「展転して相照らして境に対する」である。 これまで述べて来た「十如是」「十二因縁」「四諦」「二諦」「三諦」「一諦」の六つの「智」は、それぞれ…

『観心本尊抄』 4

『観心本尊抄』解説および現代語訳 4 仏の道において人の種類には二つある。一つは仏から直接『法華経』を聞いて仏の道を得る者であり、二つは仏に会ってはいないけれども、『法華経』を読んで仏の道を得る者である。さらに仏教が起こる以前は、中国の道士…

『観心本尊抄』 3

『観心本尊抄』解説および現代語訳 3 問う:出典はわかったが、修行である観心についてはどうか。 答える:観心とは、自分の心を観察して十法界を見ることである。これを観心という。たとえば、他人の目耳鼻舌身意の六根(ろっこん)を見るとしても、まだ自…

法華玄義 現代語訳  78

『法華玄義』現代語訳 78 もし智慧を表わそうとすれば、必ず「観心」を成就すべきである。広く「観心」の智慧を述べるならば、そこに「因果」がある。すなわち「観心」は「因」であり智慧は「果」である。たとえば、「仏性」に「因果」があり、「因」は「…

『観心本尊抄』 2

『観心本尊抄』解説および現代語訳 2 疑って問う:『法華玄義』第二巻には「また一法界に九法界を備えれば百法界に千如是となる」とあり、また『法華文句』第一巻には「一入に十法界を備えれば、一法界は十界となる。その十界の各々に十如是があるので、一…

法華玄義 現代語訳  77

『法華玄義』現代語訳 77 「三諦との比較」 次に「三諦」の「境」と比較して「智」を述べる。すでに五種(注:「二諦」の七種から「中道」のない「蔵教」「通教」を除いた五種。ここでは①~⑤の数字をつけて整理する)の「三諦」について述べたが、ここでさ…

毘沙門天王功徳経 現代語訳

仏説毘沙門天王功徳経 このように仏から聞いた。 ある時、仏が王舎城(おうしゃじょう)の竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)において、大いなる千二百五十人の比丘たちと共におられた。 その時、弟子の阿難(あなん)は一心に合掌して仏に次のように申し上げた…

法華玄義 現代語訳  76

『法華玄義』現代語訳 76 また、「析空観の蔵教の二智」「体空観の通教の二智」「体空観に中道が含まれる別入通教の二智」「体空観に中道が表わされている円入通教の二智」のそれぞれに①「化他の権実」②「自行化他の権実」③「自行の権実」がある合計十二種…

『観心本尊抄』 1

『観心本尊抄』解説および現代語訳 1 如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永十年(1273年)四月二十五日 五二歳 本朝沙門 日蓮 撰 天台大師(てんだいだいし:智顗(ちぎ・538~598)。中国の陳から隋の天台宗第三祖。実質的の開祖とも言える)の『…

法華玄義 現代語訳  75

『法華玄義』現代語訳 75 「二諦との比較」 次に「二諦」の「境」と比較して「智」を述べるとは、「権」と「実」の二智である。先に述べた「真諦」「俗諦」の「二諦」に七種があったように、この「権」「実」の「二諦」にも七つに分けることができる。「こ…

法華玄義 現代語訳  74

『法華玄義』現代語訳 74 「四種の四諦との比較」 次に「四種の四諦」と比較して「智」を述べる。『涅槃経』に「聖諦(=四諦)を知る智慧に、二種ある。中智と上智である。中智とは声聞と縁覚の智慧であり、上智とは諸仏と菩薩の智慧である」とある。もし…

法華玄義 現代語訳  73

『法華玄義』現代語訳 73 〇「境」に対して「智」を述べる。 「境」に対して「智」を述べるにあたって、二つの項目を立てる。第一は「五境に対する」であり、第二は「展転して相照らして境に対する」である。 第一「五境に対する」 「境」に対して「智」を…

法華玄義 現代語訳  72

『法華玄義』現代語訳 72 第六「開」 「諸智」を解釈するにあたっての第六は「開(かい)」であり、「二十智」について。「麁」と「妙」を融合することである。 ①「世智」から⑯「別教仏の智」までの十六の智慧は、もし悟りに到達しないままであれば「麁」…

法華玄義 現代語訳  71

『法華玄義』現代語訳 71 第五「判」 「諸智」を解釈するにあたっての第五は「判(はん)」であり、「二十智」について「麁」と「妙」を判別することである。 前半の「十二智(①「世智」②「五停心・四念処の智」③「四善根の智」④「四果の智」⑤「支仏の智」…

法華玄義 現代語訳  70

『法華玄義』現代語訳 70 第四「照」 「諸智」を解釈するにあたっての第四は「照(しょう)」である。もし「智」によって「境」を照らし、「境」によって「智」を発するならば、「有(すべての存在には実体がある)」「無(すべての存在には実体がない)」「…

法華玄義 現代語訳  69

『法華玄義』現代語訳 69 (注:③「四善根の智」が終り、これより④「四果の智」から最後の⑳「妙覚の智」までとなるが、この箇所の記述は非常に簡潔である)。 ④「四果(しか)の智」とは、「四善根」に続く同じ「蔵教」の段階であり、「初果」は「八忍八智…

法華玄義 現代語訳  68

『法華玄義』現代語訳 68 「頂法」については、「四善根」の中において、「動」、「不動」(動じることと動じないこと)、「住」、「不住」(進みもせず退きもしないこと)、「難」、「不難」(障害にぶつかることとぶつからないこと)、「断」、「不断」…

法華玄義 現代語訳  67

『法華玄義』現代語訳 67 第三「相」 「諸智」を解釈するにあたっての第三は「相(そう)」である。「諸智」の具体的姿(相)について解説することである。 ①「世智」 インドにおけるこの世での最高の智慧は「非想(ひそう)」と呼ばれる。それは微弱な想…