法華経 現代語訳 01

妙法蓮華経 序品 第一

(注:『妙法蓮華経』、略して『法華経』では、章にあたる言葉を「品(ほん)」という。
最初は、「このように私は聞いた」という言葉で始まるが、この「私」は、この『法華経』を書き記した者ということであり、特定の人物ではない。
なお、読む助けとなるため、そのところどころで⦅注⦆や⦅ふりがな⦆を記すが、一度、注釈した言葉は、煩瑣を避けるため、なるべく再び同じ注釈をすることはしない。したがって、最初の方には⦅注⦆などが多いが、後になるにつれ少なくなる。)

このように私は聞いた。
ある時、仏は王舎城(おうしゃじょう)の耆闍崛山(ぎしゃくせん、または、ぎしゃくつせん)の中におられた。
大いなる僧侶たち二千人と共におられた。みな、阿羅漢(あらかん・聖者という意味)たちだった。煩悩なく、自己をよく制御でき、生死に束縛されることがなく、心の自在を得ていた。
彼らは仏の代表的な弟子たちである(ここに二十一人の名前が列挙されているが、その読み方や人物を説明すると大変煩瑣になるので、省略する)。彼らは人々に知られた大いなる阿羅漢たちである。また、学(がく・現在学んでいる者という意味)、無学(もう学ぶべき必要のなくなった者という意味)の二千人がいた。そして、尼僧たちも六千人いた(代表として名前はあるが、省略する)。また、釈迦牟尼仏の母の妹で養母である摩訶波闍波提比丘尼(まかはじゃはだいびくに)もその従者六千人と共にいた。また、仏が出家する前の妻であり、羅睺羅の母である耶輸陀羅比丘尼(やしゅたらびくに)もまた従者たちと共にいた。
また、大いなる菩薩たちが八万人いた。みな、最高の悟りを求めることにおいて退くことはなく、みな、陀羅尼(だらに・いわゆる呪文であり、それ以上の詳しい説明は、煩瑣を避けて省略する)を得て、説法においても優れており、変わることのない真理の教えを説き、無量百千の仏たちを供養し、多くの仏の所において、多くの徳を植え、常に多くの仏たちから褒め称えられていた。そして、慈しみを身にまとい、よく仏の智慧にを受け、偉大な智慧に通じ、この世から離れた世界におり、その名は無量の世界に聞こえて、よく無数百千の人々を導いている。
彼らは、文殊もんじゅ)菩薩、観世音(かんぜおん)菩薩、得大勢(とくだいせい)菩薩、常精進(じょうしょうじん)菩薩、不休息(ふくそく)菩薩、宝掌(ほうしょう)菩薩、薬王(やくおう)菩薩、勇施(ゆうぜ)菩薩、宝月(ほうがつ)菩薩、月光(がっこうぼさつ)菩薩、満月(まんがつ)菩薩、大力(だいりき)菩薩、無量力(むりょうりき)菩薩、越三界(おつさんがい)菩薩、颰陀婆羅(ばつだばら)菩薩、弥勒(みろく)菩薩、宝積(ほうしゃく)菩薩、導師(どうし)である。このような大いなる菩薩が八万人いた。
またその時、釈提桓因(しゃくだいかんにん・帝釈天⦅たいしゃくてん⦆のこと。ヒンズー教の最大の神であり、仏教に取り入れられて、仏教を守る神となった)が、その従者二万の天子(てんじ・天にいる天的存在)と共にいた。また、名月(みょうがつ)天子、普香(ふこう)天子、宝光(ほうこう)天子、四大天王(いわゆる仏教の守護者である四天王のこと。持国天⦅じこくてん⦆、広目天⦅こうもくてん⦆、増長天⦅ぞうちょうてん⦆、多聞天⦅たもんてん・毘沙門天ともいう⦆)が、その従者それぞれ一万の天子と共にいた。また自在天子(じざいてんじ)、大自在天子(だいじざいてんじ・両者とも自在天と言われ、ヒンズー教の創造および破壊神であるシヴァ神であり、仏教に取り入れられて、仏教を守る神となった)が、その従者それぞれ三万の天子と共にいた。また、娑婆世界(しゃばせかい・この世のこと)の主である梵天王(ぼんてんのう・略して梵天ヒンズー教において、宇宙の真理が人格化されたものであったが、仏教に取り入れられて、仏教を守る神となった)である尸棄大梵(しきだいぼん)、光明大梵(こうみょうだいぼん)など、その従者それぞれ二千の天子と共にいた。八龍王(ここに八人の龍王の名が列挙されているが、省略する)が、それぞれ千百の従者と共にいた。四緊那羅王(ここに四人の緊那羅王⦅きんならおう⦆の名が列挙されているが、省略する。緊那羅とは、ヒンズー教における鬼の霊のことであり、仏教の守護者となった)が、それぞれ百千の従者と共にいた。四乾闥婆王(ここに四人の乾闥婆王⦅けんだつばおう⦆の名が列挙されているが、省略する。乾闥婆とは、ヒンズー教における神霊のことであり、音楽をよくするという説もある。これも仏教の守護者となった)が、それぞれ百千の従者と共にいた。四阿修羅王(ここに四人の阿修羅王⦅あしゅらおう⦆の名が列挙されているが、省略する。阿修羅とは、ヒンズー教におけ戦いの神であり、これも仏教の守護者となった)が、それぞれ百千の従者と共にいた。四迦楼羅王(ここに四人の迦楼羅王⦅かるらおう⦆の名が列挙されているが、省略する。迦楼羅とは、ヒンズー教における神話的鳥であり、くちばしのある人間のような姿で表現される。日本の天狗もここからきていると考えられる。これも仏教の守護者となった)が、それぞれ百千の従者と共にいた。
さらに、韋提希(いだいけ)の子である阿闍世王(あじゃせおう・彼の両親は熱心な仏教徒であったが、彼は王である父親を殺し、母の韋提希を幽閉した。しかし彼は後に釈迦の説法によって回心し、熱心な仏教徒となった。このことは歴史的事実であったと考えられる。そのため韋提希も阿闍世も、他の大乗仏教の仏典にも登場する。それほど有名な人物であったため、法華経の聴衆の最後に名を連ねているのだろう)も従者百千人と共にいた。
彼らは、仏の足を頭につけて礼拝し(注:仏への挨拶と礼拝方法)、退いて、仏の前一面に座った。
(注:この経典が説かれた場所は、耆闍崛山(ぎしゃくせん)とあるが、これは、原語の発音をそのまま音写した言葉であり、意味を訳すと霊鷲山(りょうじゅせん)となる。この霊鷲山という名称も、同じ『法華経』の他の箇所に使用されている。さらに同じく代表的な大乗経典であり、阿弥陀仏信仰の根拠である『無量寿経』も、この場所で説かれたとされている。「南無妙法蓮華経」と「南無阿弥陀仏」の根拠となる経典が、同じ場所で説かれたとされていることは、非常に興味のあることである。)
その時、世尊(せそん・釈迦の呼び名)は、四衆(ししゅう・僧侶と尼僧と男女の信者のこと)に囲まれて、供養され崇められ敬われ讃歎せられて、多くの菩薩たちのために、大乗経典である『無量義経(むりょうぎきょう)』を説かれた。仏は、この経典を説き終って、足を組んで座り、無量義處三昧(むりょうぎしょざんまい)に入って身心共に動かされなかった。
(注:「菩薩たちのために」とあるが、菩薩を筆頭とする聴衆たちのために、と解釈して問題はない。また、「無量義経」という経典は実在するが、それは、この法華経でその名の経典が記されているため、後の世で法華経の前に説かれた経典として創作された可能性が高い。そのため、ここでは、法華経の前に釈迦によって解かれた経典のすべてを指すと解釈してよい。同じく、無量義處三昧も、「處」とは「基づくこと」という意味であるから、今まで説かれた経典の教えに基づいて、三昧、つまり瞑想に入った、という意味と考えるが妥当である。)
その時、天からさまざまな種類の美しい花びらが降り注ぎ、仏の上と、聴衆の上に舞い降り、すべての世界が六通りに震動した。
その時に、会衆の中の僧侶や尼僧や男女の信者、また、天、龍、夜叉(やしゃ・いわゆる鬼神のこと)、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅緊那羅、摩睺羅迦(まごらか・鬼霊の一種で、蛇の形をとるとも言われる)の人非人(にんひにん・人とは上記の四衆のこと、非人とは上記の天から摩睺羅迦までの存在を指す)たち、および各地の王、そして転輪聖王(てんりんじょうおう・インドの理想的な伝説上の大王)が、このたぐいまれな光景を見て、大いに喜んで、合掌して一心に仏を見上げた。
(注:天から摩睺羅迦までの八種類の存在を「天龍八部衆⦅てんりゅうはちぶしゅう⦆」とも言う。以降、この表現が記されている箇所は、「天龍八部衆」と記すことにする。)
すると、仏は、眉間にある白毫相(びゃくごうそう・白い毛の渦巻きのこと)から光を放ち、東方の一万八千の世界を照らして、余すところはなかった。下は、地獄の底から、上は天の最も上の世界までであった。それらの世界において、各々、その国土にいる、六趣(ろくしゅ・地獄、餓鬼⦅常に飢えている世界⦆、畜生⦅動物の世界⦆、修羅⦅阿修羅が戦いの神であるように、常に殺し合いをしている世界⦆、人、天⦅天国ではないが、人の世界よりは良い世界⦆の生まれ変わりを繰り返す六つの世界を指す)の衆生(しゅじょう・いわゆる生きとし生けるもの)を見、また、その国土の現在の諸仏を見、および諸仏が説いている教えを聞き、ならびに、その多くの僧侶や尼僧や男女の信者たちが、それぞれに修行をして悟りを得るのを見、また、多くの菩薩たちの、さまざまな因縁、さまざまな理解力や姿かたちによって菩薩の歩むべき道を進んでいるのを見、また、諸仏が般涅槃(はつねはん・仏が究極の悟りに達した後に完全な死を迎えること)を見、その般涅槃の後、その仏の骨を埋葬したところに、七つの宝によって作られた塔を建てるのを見た。
その時、弥勒(みろく)菩薩はこう思った。
「今、世尊は、神変(じんぺん・神通力による変化⦅へんげ⦆)の光景を現わされた。どのような因縁によって、このたぐいまれなことがあるのだろう。今、世尊は瞑想に入っておられるから、この不思議でたぐいまれなことを、誰に質問したらいいのであろう。誰がよく説き明かしてくれるだろう」。
そして、またこう思った。
「ここにおられる文殊菩薩は、すでにかつて、過去の無量の諸仏に仕えて供養された。必ずこのたぐいまれな光景を見たであろう。私は今、そのことを質問しよう」。
その時、僧侶や尼僧や男女の信者たち、および天龍八部衆も、次のように思った。
「この仏の光輝く神通の光景について、今、誰に質問したらいいのだろう」。
その時、弥勒菩薩も、自らの疑いを解決しようと望み、また、四衆と天龍八部衆たちの心を察して、文殊菩薩に質問をした。
「どのような因縁があって、このたぐいまれな神通の光景が現われたのですか。大いなる光明が放たれ、東方の一万八千の国土を照らし、ことごとく、その仏の世界の荘厳なる光景を見るのです」。
ここで、弥勒菩薩は、再びこの意味のことを述べようと、詩偈の形で次のように質問した。
(注:法華経の基本的な形は、まず、散文の形で記述が記され、続いて、その同じ意味のことが詩偈、いわゆる韻文の形で記される、という二重の記述方法である。ここから、弥勒菩薩が、再び同じことを韻文の形で述べることになる。)

 

つづく

 

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