法華経 現代語訳 35

妙法蓮華経 化城喩品 第七

仏は多くの僧侶たちに次のように告げられた。
「人が数えることも想像することもできないほどの過去に、仏がいた。大通智勝(だいつうちしょう)如来という。その国を好成(こうじょう)と名付け、その仏の現われる劫を大相(だいそう)と名付ける。
(注:ここからは化城喩品(けじょうゆほん)である。この題名の由来は、この章の中に、旅で疲れた人々を癒すために幻の城が現われた、という比喩物語があるからである。しかし、その物語と共に、釈迦の前世の物語が語られており、むしろ、比重はその釈迦の物語の方が大きいのではないか、と思われるほどである。したがって、サンスクリット原本の題名は、「前世の因縁」となっている。このようなことを頭に置いて読むことも有益であろう。)
僧侶たちよ。その仏が滅度してから今までの歳月は、非常に長いのである。例えば、すべての世界の土地を細かく擦って、それで墨を作り、東の方角に進んで千の国を過ぎたらその隅で一点を書くとする。その点の大きさは微塵のように小さい。そしてまた千の国を過ぎて一点を書く。そのようにして、やっとその墨が全部尽きた時点のことを考えてみよ。その過ぎた国の数は、数学の学者、あるいはその弟子たちが数えることができるようなものであろうか。」
「いいえ、数えることはできません」
「僧侶たちよ。この人が過ぎた国の、点を書いた国と書かなかった国を、また細かくして塵を作り、そのひとつの塵を一劫としよう。その仏が滅度してから今までの歳月は、その塵の数の劫が過ぎ去っても、さらに数えることができないほどの歳月が過ぎているのだ。私は如来の知見の力をもって、その限りないほどの年月を見ても、今日のように把握することができるのだ。」
(注:これほどの表現を用いて、この大通智勝如来がいた時が、今からとてつもないほどの過去である、ということを述べているのである。)
その時、世尊は再びこのことを述べようと、詩偈の形をもって次のように語られた。
「 私は人が測ることもできないほどの過去の世を思うに その時仏がいた 大通智勝という名である もしすべての世界の土地を擦って墨として 千の国を過ぎたところで点をひとつ書いたとする そのようにして このすべての墨を使いきり さらに点を書いた国と書かなかった国をまた墨として その一つの塵を一劫とする その塵の数の劫によって表される途方もないほどの歳月より さらに過去にさかのぼるほどの世であった その過去の世の仏が滅度してから今までは このように人が測ることができないほどの歳月がたっているのだ しかし如来の妨げるところのない智慧によれば その仏の滅度と その時の声聞や菩薩について知ることは 今目の前に滅度を見るようなものだ 多くの僧侶たちよ 知るべきである 仏の智慧は清く妙なるものであり 欠けるところなく妨げなく 無量の歳月を超えて見通すことができるのだ」
(注:今までもそうであったが、とにかく、歳月や物の数などがとんでもなく多い、ということを述べる表現が、やり過ぎではないか、と思うほどの言葉である。これほど多いのならば、永遠という言葉で済ませられそうであるが、仏の寿命や仏国土は永遠ではない。必ず滅度という時が来て、それらの姿かたちはなくなる。それでこそ、すべては空であるという、大乗仏教の基本的な教えが成就するのである。さらに、このとてつもなく長い年月や数というものは、あくまでも、その仏の世界のことを、この世の数などで表わすとしたらこのようになる、という意図があることを忘れてはならない。この世にいる人間が、この法華経を読んでいるわけであるから、この世の言葉で表現しなければならないのは当然である。しかし、この世と仏国土は次元そのものが違うのであるから、すべてをこの世の言葉で表現することは最初から不可能である。)
仏は、多くの僧侶たちに、次のように告げられた。
「大通智勝仏の寿命は、千億を五百四十万憶倍した数である。その仏が修行中、瞑想していた座において魔の軍隊を破り、それに次いで、最高の悟りを得ようとされたが、諸仏の悟った真理を得ることができなかった。引き続き、一小劫から十小劫の間、座り続けて心も身も動かすことはなかった。しかし、諸仏の悟った真理を得ることができなかった。その時に、この世の最も上にある天の神々は、その仏のために菩提樹の下に立派な座を設けた。その座の高さは人が測ることのできないほどの高さであり 仏がその座において、最高の悟りを得るようにしたのである。仏はその座に座った。その時、多くの梵天王(ぼんてんのう)は、多くの天の花を降らせて、非常に高く降り積もらせた。良い香りのする風が吹くと、萎んだ花は吹き去られ、さらに新しい花を降らせ、そのように十小劫の間、仏を供養した。この供養は、仏の滅度まで続いた。さらに四天王(してんのう)たちは、仏を供養するために、常に天の鼓(つづみ)を打った。その他の諸天も、天の伎楽で小劫の間、仏を供養した。この供養は、仏の滅度まで続いた。多くの僧侶たちよ。大通智勝仏は、このように十小劫を経て、諸仏の悟った真理を悟り、最上の悟りを得ることができたのだ。」
(注:この箇所は、あくまでも大通智勝如来が仏になる前の修行期間のことを記しているので、その中で、「仏」という言葉が出てくるのは厳密には正しくないが、法華経では、この仏が仏になる前の段階の名前が記されていないので、このように記すしかない。また、大乗仏教では、この世の最も上の世界を「天」と呼ぶが、その段階も大変多い。あくまでも、そのような天はこの世の次元であり、人間より上という以外に大きな意味はない。神と呼ばれても、英語で言うところの「God」とは全く違う。)

 

つづく

 

法華経現代語訳