法華経 現代語訳 36

その仏がまだ出家していない時、十六人の子供がいた。一番目の子の名前は、智積(ちしゃく)と言った。子供たちには、さまざまな珍しい遊具などがあったが、父がこの上ない悟りを開いた、ということを聞いて、それらすべてを捨てて、仏である父のもとに行った。母は涙を流しながらも、子供たちを送った。この一族の先祖にあたる転輪聖王(てんりんじょうおう)は、百人もの大臣および他の百千万憶の人民と共に、これに付き従って仏のいる道場に至った。みな大通智勝如来に近づき、供養し褒め称え師事しようと、その仏の足に頭をつけて礼拝し、仏の周りを回って一心に合掌に、世尊を仰ぎ見て次のように詩偈を説いて言った。
『大威徳を備えられる世尊よ 衆生を悟りに導こうと 人が数えることのできないほどの長い年月をかけて仏になられ その願いを成就されました 幸いなるお方 すばらしいことです 世尊は非常に尊いお方です ひとたび座られると 十小劫の間 身体および手足も微動だにされず その心は常に静かであって 散乱したことがありません 寂滅の境地を極められ 煩悩が全くない境地に安住されました 今世尊が 平安のうちに仏の道を究められたことを見て 私たちは幸いに思い この祝福を大いに喜んでいます 衆生は常に苦悩し 盲目であって導く師がありません 苦しみを断つ道を知りません 解脱を求めることを知らず 長い期間 悪い道を歩んで 天においてさえ その幸いを減らしています 暗やみから暗やみに入り 長い間仏の名前さえも聞いていません 今仏は最も優れた平安で煩悩から離れた教えを得られました 私たち人や神々は 大いなる幸いを得ました このためにみな 首を垂れてこの上ない仏に帰依したてまつります』
その時、十六王子(=十六人の子供たち)は、詩偈をもって仏を褒め終わって、世尊に教えを語りたまえと勧め 声をそろえて次のように言った。
『世尊よ 教えを説きたまえ それによって私たちは平安を得るでしょう 諸天や人々を憐れみ 導きたまえ』
そしてこのことを再び詩偈をもって次のように語った。
『比類ない偉大な方である世尊は 百福をもって自らを厳かに飾られ 無上の智慧を得られた 願わくは この世のために説かれ 私たちおよび多くの衆生を悟りに導き 明らかに示され判断され この智慧を得させたまえ もし私たちが仏となることができるならば 衆生もまたそうであろう 世尊は衆生の深い心の動きまで知られ またその行ないの道も知っておられる また各々の智慧の力も知っておられる その求める心も 今まで積んできた福徳も 前世の行ないのわざも 世尊はすべてご存じである どうかこの上ない教えを説きたまえ』」
仏は多くの僧侶たちに次のように語られた。
「大通智勝仏がこの上ない悟りを得られた時、あらゆる方角の諸仏の世界が六通りに震動し、その国の中の、太陽も月も照らすことのできない暗闇の空間でさえ、光が照らされた。その中にいた衆生は、初めて互いの姿を見ることができ、『この中にいきなり衆生が生まれた』と言った。また、国の境の諸天の宮殿および梵天(ぼんてん)の宮まで六通りに震動し、大いなる光があまねく照らして世界に満ち、その光は諸天の光に勝った。
(注:これまでもそうであったが、法華経には、多くの神々が登場する。その中で、最も高い次元の神として、梵天も多く登場する。梵天は、もともとはヒンズー教の神であり、宇宙の創生をつかさどる神とされていた。仏教では、私たちが住むこの世、つまり、歴史上の釈迦が仏となって現れた世を娑婆(しゃば)世界というが、法華経においては、娑婆世界ばかりではなく、多くの国土が描かれており、この梵天は、この娑婆世界ばかりではなく、あらゆる国の頂点に位置する神とされている。)
その時、東方の五百万憶のあらゆる国の梵天の宮殿が、まばゆいばかりの光明に包まれ、いつもの光明の倍の明るさとなった。多くの梵天王が、それぞれこのように思った。『今、宮殿の光明が今までなかったほど増し加わっている。これはなぜであろうか』。このため、多くの梵天王が互いに集まって議論をした。その中に、ひとりの大梵天王がいた。名前を救一切(くいっさい)という。彼は多くの梵天たちのために、次の詩偈を述べた。『私たちの宮殿の光明は 今までになかったほど光輝いている これはなぜであろうか 各々共にこの因縁を求めようではないか 大いなる徳を持つ者が天に生まれたのであろうか 仏が世に現れたのであろうか この光明はあまねくすべての方角を照らしている』 
その時、五百万憶の国の多くの梵天王たちは、その宮殿と共に、それぞれ美しい衣に天の花を盛って、西の方角に行って見ると、大通智勝如来が、悟りを開いた菩提樹の偉大な座に座られ、多くの天や天的存在や人々がその周りを取り巻いて供養しており、さらに十六の王子たちが仏に教えを説くよう勧めている場面を見た。即時に多くの梵天王は、頭に仏の足をつけ、その周りを百千回回り、天の花をもって仏の上に注いだ。その花が積まれた高さは、須弥山(しゅみせん・仏教の世界観の中で最も高い山)のようだった。そして、その菩提樹の高さも測り知れないほどの高さであったが、梵天王たちは、その菩提樹にも花を注いで供養した。その花の供養を終わって、それぞれの宮殿を仏にささげて、次のように言った。『ただ私たちに哀れみ、この宮殿をお受けください』。この時、多くの梵天王は、仏の前において、一心に声を同じくして、詩偈をもって次のように述べた。『世尊が世に出現されることは 非常に稀なことであり 仏に巡りあうことは大変難しい 仏は無量の功徳をもって すべてを救われ 天や人の大いなる師として この世を憐れまれる あらゆる方角の衆生は 等しくこの幸いを受ける 私たちは 五百万憶の国を経て来た 自分の国における深い瞑想の楽しみを捨てて来たことは 仏を供養するためである 私たちは前世の福によって 宮殿は荘厳に飾られている 今この宮殿をもって 世尊に奉る ただ願わくはあわれんでこれを受けたまえ』
その時、多くの梵天王は、この詩偈をもって仏を称え終わって、次のように言った。
『ただ願わくは世尊よ、教えを説いて衆生を悟りに導き、涅槃への道を開きたまえ』。
その時、多くの梵天王は、一心に声を同じくして、詩偈をもって次のように述べた。
『世尊よ ただ願わくは教えを説かれ 大いなる慈悲の力をもって 苦悩の中にいる衆生を悟りに導きたまえ』
(注:前にも述べたが、歴史的釈迦についての説話の中に、梵天勧請(ぼんてんかんじょう)という話がある。菩提樹の下に座って悟りを開いた釈迦は、その悟りの内容を人々に説いても理解されないだろうと思って、布教をためらっていると、梵天が現われて、どうか教えを説いてほしいと懇願した、というものである。ここまでの記述を見れば、この説話に基づいた話になっていることは一目瞭然である。しかし、大通智勝如来の場合における梵天勧請は、歴史的釈迦のそれに比べ物にならないくらい詳しく長く、さらにインド的な誇張が加えられている。例えば、すでに見てきたように、梵天が自分の宮殿を遠い国から持って来て仏にささげる、という場面は、想像を豊かにしなければ読むことが不可能である。また、花を注いで仏を供養し、その花が積まれた高さは、須弥山ほどの高さになった、ということなら、仏は埋まってしまっているだろう、などという常識が妨げとなる。これからの箇所は、このような記述が、これでもかと言うくらい延々と続くのである。)

 

つづく

 

法華経現代語訳