法華経 現代語訳 49

その時、釈迦牟尼仏は、ご自分の分身の諸仏を受け入れるために、あらゆる方角の二百万億を千億倍した数の国を、みな清らかな国と変えられた。そこには、地獄、餓鬼、畜生、および阿修羅などの悪しき世界はなかった。また多くの天や人を他の国土に移した。変えられた国の地は瑠璃であり、宝樹で荘厳に飾られていた。その樹の高さは測ることができないほどであり、枝や葉、花や実などみな厳かに飾られていた。その樹の下にはみな、宝の立派な座が設けられていた。高さ五は測ることができないほどであり、あらゆる多くの宝によってできていた。また大海、江河、およびあらゆる高い山もなく、すべて宝の地面で平坦なひとつの仏国土となっていた。宝によってできている網がその上を覆い、あらゆる旗がかかり、大いなる宝の香が焚かれ、多くの天の宝の花がその上に注がれていた。

釈迦牟尼仏は、さらに諸仏が来られて座られるため、またあらゆる方角の二百万億を千億倍した数の国を、みな清らかな国と変えられた。(以下は上記と同じであるため省略する)。

その時、東方の百千万億を千億倍した数の仏国土において説法している釈迦牟尼仏の分身の諸仏は、この場所に来た。このように順次、あらゆる方角の諸仏は、みなこの場所に来て、あらゆる方角に座った。

こうして、ひとつひとつの方角の、四百万億を千億倍した数の国土に、諸仏如来は充満したのである。
この時、諸仏は各宝樹の下にある立派な座に座り、みなその侍者を遣わして、釈迦牟尼仏に挨拶をしようとした。それぞれ宝の花を侍者である菩薩に渡して、次のように言った。

「良き男子よ。あなたは耆闍崛山釈迦牟尼仏の所に往詣して、次のように言いなさい。『病少なく、悩み少なくして、気も力も安らかでいらっしゃいますか。また菩薩や声聞の方々も、みな安穏でいらっしゃいますか。』 そして、この宝の花を仏の上に散じて、次のように言って供養しなさい。『彼のそれがし(仏の名前が入る)の仏は、この宝塔を開こうと願っています』と。」

このように、他の諸仏も、使いを遣わして同じようにした。


(注:このように、最初は、釈迦の分身の諸仏を集める、ということだったが、結局、すべての諸仏が娑婆世界の釈迦のいる所に集まってきた、ということになった。

さらに、集まって来た諸仏は釈迦に侍者の菩薩を遣わして、挨拶をさせているが、この諸仏が釈迦の分身であるか、他の諸仏であるかも明らかになっていない。釈迦の分身が釈迦の本体に挨拶をする、ということがあり得るかどうか、ということも考えるべきところだが、すでに法華経の世界は常識を超えているので、そのようなこともあり得るだろう。

さらに、本文を見る限り、集まって来た諸仏がすべて娑婆世界に入った、ということではなく、みな娑婆世界の釈迦に会うために、それぞれの仏国土ごと、この娑婆世界を中心とした場所に集合した、と解釈した方がいい。娑婆世界はあくまでもあらゆる仏国土の一つに過ぎない。すべての諸仏が娑婆世界の中に入ってしまうならば、他の仏国土はみな、仏がお留守になってしまう、ということが考えられる。

ここまで繰り返して述べているように、本来、霊の世界には空間もなく時間もない。それこそ数えきれないほど記されていた「数えきれないほどの数」や「測ることのできない高さ」などの表現は、本来、霊の世界においては何ら意味のない言葉なのである。ただ、それが人間の常識をはるかに超えている、ということを表現する言葉に過ぎないのである。このような世界観を理解して法華経を読み進めなければ、誰でも理解の許容範囲を超えて、読むことさえ馬鹿馬鹿しくなって、中断を余儀なくされるのである。)


その時に釈迦牟尼仏は、分身の諸仏がみな集まり、それぞれの立派な座に着いたことをご覧になり、そして、諸仏が同じく、宝塔を開くことを願っていることを聞かれ、すぐに座より立って、空中に上りそこに留まられた。すべての人々は起立して合掌し、一心に仏を見上げた。

そこで釈迦牟尼仏は、右の指をもって七宝塔の戸を開かれた。そのとき、まるで大きな城の門の閂(かんぬき)を抜いて開く時のような、非常に大きな音がした。すぐにすべての会衆は、多宝如来が宝塔の中の立派な座に着き、全身が完全な形であり、禅定に入っているかのような姿を見た。さらにまた「良いことだ、良いことだ。釈迦牟尼仏よ。快くこの法華経を説かれた。私はこの経を聞くために、ここに来たのだ」という声を聞いた。

その時にすべての人々は、過去の無量千万億劫に滅度された仏が、このような言葉を語るのを見て、今までになかったことだと讃嘆し、天の宝の花をもって、多宝仏と釈迦牟尼仏の上に散じた。

その時、多宝仏は宝塔の中において、座の半分を分ち、釈迦牟尼仏に与えて、「釈迦牟尼仏よ。この座に着かれよ」と告げられた。すると即時に釈迦牟尼仏はその塔中に入り、その半分の座に着いて、結跏趺坐された。

その時、大衆は、二人の如来が七宝の塔中の立派な座にあって、結跏趺坐されている姿を見て、次のように思った。

「仏はあまりにも高く遠くにおられる。願わくば如来の神通力をもって、私たちも共に空中に引き上げていただきたい。」

すると即時に釈迦牟尼仏は、その神通力を用いて、多くの大衆をみな空中に引き上げられた。そして、大きな声で次のように語られた。

「誰がこの娑婆国土において、広く妙法蓮華経を説くだろうか。今はまさにその時である。如来は後わずかでまさに涅槃に入るであろう。そのため仏は、この妙法蓮華経をゆだねる者を求めているのだ。」

 

(注:多宝塔の門が開かれ、多宝如来の姿が見えたかと思ったら、すぐに釈迦如来もその塔の中に入って、多宝如来と仲良く並んで座った。さらに会衆までが空中に引き上げられ、空中で仏の説法を聞く、という、まさにダイナミックな場面が展開され始めた。続いて、釈迦は間もなく入滅するので、この法華経をゆだねる者を求めているという、重要な言葉を発したのである。

 

つづく


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