法華経 現代語訳 51

妙法蓮華経 提婆達多品 第十二

その時に仏は、多くの菩薩、および天や人や出家者や在家者のすべてに次のように語られた。
「私は、過去の無量の劫の中において、法華経を求めることに、たゆむことはなかった。多くの劫の中において、常に国王となって、願を発して、この上ない悟りを求め続け、心が退くことがなかった。
六波羅蜜(ろくはらみつ・菩薩の行なうべき六つの行ない)を満たそうと、布施を行なったが、象や馬や多くの宝、国や城や妻子、奴隷や従者、さらに自分の頭や目や髄や脳、身の肉や手足を惜しむ心はなく、命さえ惜しまなかった。
その時の世の民たちは、その寿命が無量であった。教えのために、国における位を捨て、政(まつりごと)を太子に任せ、鼓を打って四方に宣布して教えを求めた。『誰が私のために大乗を説く者はいないか。もしそのような者がいるなら、私は命が尽きるまで、その者に仕えよう。』
その時に仙人がいた。王である私のところに来て、次のように語った。
『私は大乗を持っている。それは妙法蓮華経という。もし私に従うなら、あなたのために説こう。』
王である私は、仙人の言葉を聞いて、躍り上がって喜び、すぐに仙人に従って、身の回りのことを供給し、食物を集め、水を汲み、薪を拾い食卓を設け、さらに自分の身を座る椅子とするまで仕えたが、身や心にも怠けることはなかった。そのように奉仕すること千歳を経て、教えのために努めて仕え、仙人に不足がないようにした。」
その時に世尊は、再びこの内容を述べようと、詩偈の形をもって次のように語られた。
「私は非常に遠い過去を想起すれば 大いなる教えを求めるために 世の国王となっても 肉体的な楽しみなど貪らなかった 鐘をついて四方に告げた 『誰が大いなる教えを持つ者はいないか もし私のために説いてくれるなら 私はその者の奴隷となろう』
その時に阿私(あし)という仙人がいた 王である私のところに来て 次のように語った 『私は妙なる教えを持っている 世においては 知ることが非常に難しい教えである もし熱心に修行するというならば 私はあなたのために説くであろう』 その仙人の言葉を聞いて 王である私は大いに喜び すぐに仙人に従って 身の回りのことを供給し 薪および食物を集めて 心を尽くして食卓を設けた 妙なる教えを慕うために 身にも心にも怠けることはなかった 広く衆生のために 大いなる教えを熱心に求め また自分の身体 および肉体の楽しみのためには動かなかった 大国の王となっても 熱心にこの教えを求め その結果この教えを得て ついに仏になることができたのである このために今 あなたたちに説くのだ」
仏は多くの僧侶たちに次のように語った。
「その時の王とは今の私であるなら、その時の仙人は誰であろうか。まさに今の提婆達多(だいばだった)なのである。提婆達多が、私にとって善知識(ぜんちしき・教えを授けてくれる尊い者)であったので、菩薩の行ないを成就し、仏の持つさまざまな姿や能力を得ることができた。仏になって、最高の悟りを得て、広く衆生を導くことができたのは、すべて提婆達多が善知識になったからなのである。」
仏は多くの人々に次のように語られた。
提婆達多は、無量の劫を過ぎた後、まさに仏になるであろう。名を天王如来といい、その世界を天道と名づける。
その時に天王仏は、世にあること二十中劫(ちゅうこう・これも測ることができないほどの歳月を意味する)、広く衆生のために、妙なる教えを説くであろう。大河の砂の数ほどの衆生は、阿羅漢果(聖者の位)を得て、無量の衆生は縁覚の心を起こし、その多くの衆生は、この上ない道を求める心を起こし、空を悟って、退かない悟りの位に着くであろう。そして、天王仏が滅度した後、正法が世にあること二十中劫、その仏の全身の舎利によって、あらゆる宝の塔が建てられ、その高さも広さも大きさも、測ることができないほどである。多くの天や人民たちは、みな多くの花や抹香、焼香、塗香、衣服、瓔珞、旗、宝の覆い、伎楽、歌頌などをもって、その宝の妙なる塔を礼拝し供養する。
多くの衆生は阿羅漢果を得、無数の衆生は、辟支仏を悟り、また多くの衆生は、悟りを求める心を起こして、決して後に退かない位に至るであろう。」
仏は、多くの僧侶たちに次のように語られた。
「未来の世に、良い男子、良い女人がいて、妙法蓮華経提婆達多品を聞いて、清らかな心において信じ敬い、疑惑を生じさせない者は、地獄、餓鬼、畜生の世に落ちることなく、あらゆる方角の仏の前に生まれるであろう。その生まれた世においては、常にこの経を聞くであろう。もし人や天の中に生まれたならば、優れて妙なる楽しみを受け、仏の前にあっては、蓮華より化生(けしょう・人の胎を通さず生まれること)するであろう。」
(注:今回から第十二章にあたる「提婆達多品(だいばだったほん)」である。しかし、少しでも仏教について知っている人が、初めてこの章を読むならば、誰でも「ギョッ」とするであろう。この章では、とても仏になることができないと思われる者たちが仏になる、いやそればかりではなく、過去の釈迦を教えた人物なのだ、とまで語られているからである。提婆達多とは、仏教の伝承の中では最悪の人間である。一説には、釈迦のいとこだったと言われるが、最初、釈迦に従って出家したものの、その後、自分が教団のリーダーになろうともくろみ、次第にその思いがエスカレートして、最後は釈迦の弟子を殺害し、ついには釈迦に襲いかかって、釈迦の体を傷つけたと言われる。そのため、もちろん即、地獄に落ちたとまで伝えられる者である。そのような提婆達多が、過去の釈迦の師匠の仙人であり、仏になるという授記を与えられる。これほど、この法華経は、世の常識ばかりではなく、従来の仏教の常識まで覆しているのである。)

 

つづく

 

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