法華経の現代語訳と解説

解説を交えながら、法華経をわかりやすく現代語訳することを目指しています。何より、法華経には何が書いてあるかを知っていただきたいと願っています。数日に一回程度、アップして行くつもりです。訳者については、http://nozomichurch.net/ をご覧ください。

法華経 現代語訳 64

妙法蓮華経 分別功徳品 第十七

 

(注:今回から、十七章目にあたる『分別功徳品(ふんべつくどくほん)』である。「分別」とは、ここまで多く見られた言葉であるが、そもそもこの言葉には「わきまえる」という意味がある。仏の本当の寿命は永遠なのだ、ということを信じ受け入れた者の功徳は、どれほど大きいものなのか、よくわきまえる、という意味である。)

 

その時、そこに集まっていたすべての聴衆は、仏の寿命が永遠であることを聞いて、大いに豊かな恵みを受けた。
そして世尊は、弥勒菩薩に次のように語られた。

「阿逸多よ。私はこのように、如来の寿命が永遠であることを説いたが、この聴衆の中の、大河の砂の数を千億倍して、さらにそれを六百八十万億倍した数の衆生は、無生法忍(むしょうぼうにん・すべての存在は生滅変化の道理を超えていることを悟ること)を得、また、その千倍の大いなる菩薩たちは、聞持陀羅尼門(もんじだらにもん・聞くことを忘れないという力)を得、また、一つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、楽説無礙弁才(ぎょうせつむげべんざい・相手の求めに応じて巧みに教えを説く力)を得、また、一つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、百千万億無量の旃陀羅尼(せんだらに・煩悩と仏の智慧を分ける力)を得、また、三千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、決して退くことのない教えを説く力を得、二千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、清らかな教えを説く力を得た。また、千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、八回生まれ変わった後に、まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また、四つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、四回生まれ変わった後に、まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また、三つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、三回生まれ変わった後に、まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また、二つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、二回生まれ変わった後に、まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また、一つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは、一回生まれ変わった後に、まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また、三千を八倍した世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる衆生は、みな、最高の仏の悟りを求める心を起こした。」

仏が、このように多くの大いなる菩薩たちが、偉大なる教えによる恵みを得ることを説かれた時、虚空の中より、曼陀羅華(まんだらけ・天の花の意味)、摩訶曼陀羅華(まかまんだらけ・「まか」は大という意味)が降り、無量百千万億の宝樹の下にある立派な座に座っている諸仏に注ぎ、また七宝塔の中の立派な座の釈迦牟尼仏、および遠い過去に滅度した多宝如来注ぎ、またすべての大いなる菩薩、およびすべての人々に注いだ。そして、細かい香木の粉が降り、虚空の中で、天の鼓が自ら鳴って、深遠で妙なる音が響いた。また、千種もの天衣が降り、あらゆる種類の首飾りがあらゆる方角にかかった。また、あらゆる宝の香炉に、値がつけられないほどの高価な香が焚かれ、自然にまわりに広がって、すべての聴衆を供養した。一人一人の仏の上に、多くの菩薩があって、宝の傘を持っており、それが連なって梵天のいる天にまで届いた。この多くの菩薩たちは、妙なる声をもって、無量の詩頌を歌って、諸仏を讃歎した。

その時に弥勒菩薩は、座より立って、右の肩を出して合掌し、仏に向って次のような詩偈を説いた。

「仏は希有なる教を説かれた 昔より聞いたことのない 世尊は大いに力があり 寿命は測ることができない 無数の仏の子は 世尊がわかりやすく 恵みの教えを説かれたことを聞き その身が歓喜に満たされた

ある者は退くことのない境地に至り ある者は陀羅尼を得 ある者は相手の求めに応じて巧みに教えを説く力を得、万億の煩悩と仏の智慧を分ける力を得、

また三千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは 決して退くことのない教えを説く力を得 二千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは 清らかな教えを説く力を得た また千の世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは 八回生まれ変わった後に まさに最高の仏の悟りを得るであろう。また四つ・三つ・二つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは その世界の数の回数生まれ変わった後に まさに最高の仏の悟りを得るであろう また一つの世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる菩薩たちは 一回生まれ変わった後に まさに最高の仏の悟りを得るであろう このような衆生は 仏の寿命がとてつもなく長いことを聞いて 煩悩のない清らかな果報を得 また三千を八倍した世界を微塵にしたその微塵の数の大いなる衆生は みな最高の仏の悟りを求める心を起こした

世尊が無量不可思議の教えを説かれた時 多くの者に注がれた恵みは 虚空が無辺のように測ることができない

天の曼陀羅 摩訶曼陀羅は降って 帝釈天梵天は大河の砂の数ほど多くの仏国土より来た 高価な香木の粉は 飛んだ鳥が空から降りて来るように降って諸仏に注ぎ供養し 天の鼓は虚空の中に 自然と妙なる音を出し 千万億の天衣は下り あらゆる宝の香炉に高価な香が焚かれて 自然にまわりに広がって 多くの世尊を供養した 多くの大いなる菩薩たちは 妙なる高い七宝の傘を持ち 連なって梵天まで届いた 一人一人の諸仏の前に 宝の旗が掛けられた また千万の偈をもって 多くの如来を讃嘆した

このようなあらゆる出来事は 昔より今までなかったことである 仏の寿命が無量であることを聞いて みな歓喜した 仏の名はあらゆる方角に聞えて 広く衆生を悟りに導く 一切の善根を備えさせ 最高の悟りを求める心を導く」 その時に仏は、弥勒菩薩摩訶薩に次のように語られた。

「阿逸多よ。仏の寿命がこのように、とてつもなくの長いことを聞いて、一念でも信じ理解するならば、その人が得るところの功徳は測り知れない。もし良き男子や良き女人がいて、最高の悟りのために、千億を八十万億倍した劫において、

六波羅蜜(ろくはらみつ・菩薩の行なうべき六つの修行項目)における智慧以外の布施、持戒、忍辱、精進、禅定の五つを行なったとする(注:智慧は具体的に行なうべき項目とは言えないので除外されている)。その功徳と、仏の寿命を一念でも信じ理解する功徳を比較すると、前者は後者の百分、千分、百千万億分の一にもおよばない。さらに、あらゆる計算や比喩をもっても知ることができないのだ。もし良き男子が、このような功徳を得るならば、最高の悟りを求める道において、退くことは決してない。」

その時に世尊は、再びこの内容を述べようと、詩偈の形をもって次のように語られた。

「もし人が仏の智慧を求めて 千億を八十万億倍した劫の間中 菩薩の五つの修行を行なったとする この多くの劫の中において 仏および縁覚の弟子 ならびに多くの菩薩たちに布施し供養したとする 珍しいあらゆる飲食物 上等の服と家具と 香木をもって修行道場を建て 園林をもって厳かに飾るなどの布施を あらゆる方法によって行ない この多くの劫数を尽くして 仏の道に回向(えこう・功徳を振り向けること)したとする(注:以上が「布施」)

またもし戒律を保ち 清らかにして煩悩なく 仏が讃嘆するこの上ない道を求めたとする(注:以上が「持戒」)

またもし忍辱を行じて よく調えられた柔和な心を持ち たとえ人々から悪を行なわれたとしても その心は微動だにしなかったとする 仏の教えを受けていながら 思い上がった心を持つ者たちに悩まされたとしても そのようなこともよく忍んだとする(注:以上が「忍辱」)

またもし精進し 志は常に堅固であり 無量億劫において 怠ける心を一度も起こしたことがないとする(注:以上が「精進」)

また無数劫において 何もなく静かな場所に住んで 座ったり歩き回ったり 眠っている以外は常に心を統一したとする この方法でよく多くの禅定を成就し 八十億万劫にわたって 安住して心乱れず このような心の統一をもって この上ない道を願い求め すべてを知る智慧を得て あらゆる禅定を行ない尽したとする(注:以上が「禅定」)。

このような人が 百千万億の劫数において この多くの功徳を上記のように行なったとする しかし一方 良き男女がいて 私の寿命について聞いて 一念においてでさえ信じるならば この福は前者以上なのである

もし全く疑うことなく 心深く一瞬でも信じるならば その人の福はこのようになるのだ 無量劫において道を行ずる菩薩たちが 私の寿命について聞いて よく信じ受け入れるならば そのような人たちは この経典を敬って受け 「私は未来において長く生き続け 人々を悟りに導こう」と 今日の世尊が シャーキャ族の王として世に出て 道場において師子吼(ししく)し 教えを説くにあたって恐れるところがないように 「私たちも未来世に すべての人に尊敬せられ道場に座る時 このように寿命について説こう」と願うのだ 深い心ある者は 清らかにして素直に 多くの教えを聞いてよく記憶し 正しい教えにしたがって仏の言葉を理解するであろう このような人々は このことについて疑いはないのだ

 

つづく

 

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