法華経 現代語訳 70

また次に常精進菩薩よ。もし良き男子や良き女人が、この経を受け保ち、読誦し、解説し、書写するならば、千二百の舌の功徳を得るであろう。
好ましい味、好ましくない味、おいしい味、まずい味、および多くの渋い味、苦い味など、この舌の器官においては、すべて良い味と変わり、天の甘露のようになり、好ましくないものなどないであろう。
もしその舌の器官を用いて、大衆の中において演説するならば、深く妙なる声を出して、よく人の心に入り、聞く者たちは喜びに満たされるであろう。また多くの天子、天女、帝釈天梵天などの天的存在は、その深く妙なる声をもって演説される内容を聞いて、みな集まって来て聞くであろう。および多くの天竜八部衆やその女までもが、教えを聞くためにみな集まって来て、説法者を敬い供養するであろう。および僧侶や尼僧や在家信者の男女、国王、王子、群臣、従者、小転輪聖王、大転輪聖王転輪聖王の家臣や子供たち、その内外の従者たちは、各々の宮殿に乗ったまま、共に来て教えを聞くであろう。その法華経を説く者は菩薩であって、よく説法するために、婆羅門、居士(こじ・大商人の信者)、国内の人民たちは、力の限り従って供養するであろう。
また多くの声聞、辟支仏、菩薩、諸仏たちは、常にこの者を見ることを願うであろう。諸仏たちは、この人のいる方角に向かって教えを説くであろう。は、諸仏皆、其の処に向かって法を説きたまわん。このように、説法者はすべてよくあらゆる仏の教えを受け保ち、深く妙なる教えの声を出すであろう。」
その時に世尊は、再びこの内容を述べようと、詩偈の形をもって次のように語られた。
「この人の舌の器官は清く 最後まで悪い味を味わわないであろう その食べる物の味はみな甘露となるであろう また深く清らかな妙なる声をもって 大衆に教えを説くであろう あらゆる因縁や比喩をもって 衆生の心を導くであろう 聞く者はみな喜び 多くの上等の供養を設けるであろう 多くの天や龍や夜叉 および阿修羅など みな敬う心をもって 共に来て教えを聞くであろう この説法する者は 自らの妙なる声を すべての世界に充満させようと願うならば その通りになるであろう 大小の転輪聖王 およびその子供たちや従者など 合掌し敬う心をもって 常に来て教えを聞くであろう 多くの天や龍や夜叉 暴虐な鬼や人を食う鬼までもが 喜びの心をもって 常に来て願って供養するであろう 梵天王や魔王 自在天や大自在天のような天的存在も 常にその場所に来るであろう 諸仏および弟子 その説法の声を聞いて 常に念じて守護し ある時は身を現わすであろう
また次に常精進菩薩よ、もし良き男子や良き女人が、この経を受け保ち、読誦し、解説し、書写したとする。その者たちは八百の身体の功徳を得て、浄瑠璃(じょうるり・美しい青色の石)のような清らかな身体となり、人々が見たいと願うほどであろう。その身体は清らかなため、すべての世界の人々が生まれる時のこと、死ぬ時のこと、優れていること、劣っていること、見栄えが良いこと、見栄えが悪いこと、よい場所に生まれること、悪い場所に生まれることなど、すべてその身に現わすことができるであろう。および、あらゆる山の王とその衆生のことも、その身に現わすことができるであろう。地獄の底から天の最も高いところにいる衆生のことを、すべて現わすことができるであろう。声聞、辟支仏、菩薩、諸仏が説法する姿を、自分の身体として現わすことができるであろう。」
その時に世尊は、再びこの内容を述べようとして、詩偈の形をもって次のように語られた。
「もし法華経を保つならば その身体は浄瑠璃のように非常に清らかとなり 衆生が見たいと願うほどであろう また清らかな鏡がすべての物の像を映し出すように 菩薩の清らかな身体となって この世にあるすべてのものを現わすことができるであろう それはその者だけが明らかに現わせるものであって 他の人々は知らないものである すべての世界のあらゆる生きとし生けるもの 天や人や阿修羅 地獄や餓鬼や畜生 これらの姿をその身に現わすことができるであろう 多くの天の最も高いところに至るまでの宮殿 およびあらゆる山や大海の水など みなその身に現わすことができるであろう 諸仏および声聞や仏の弟子や菩薩などが ひとりで説法する姿や多くの人々の前で説法する姿を すべて現わすことができるであろう まだ完全な悟りに至っておらず 心理のままの身体を得ていないといえども 常に清らかな身体をもって すべてのことを現わすことができるであろう
また次に常精進菩薩よ。もし良き男子や良き女人が、如来の滅度の後に、この経を受け保ち、読誦し解説し書写するならば、千二百の意識の功徳を得るであろう。この清らかな意識をもって、この経の一偈でも一句でも聞くならば、無量無辺の正しい意味を明らかにするであろう。この正しい意味を理解し終わって、一句一偈についてであっても、それを演説するならば、一か月、四か月、そして一年続くであろう。
その多くの説かれた教えは、意味的にも内容的にも、真理と異なることはないであろう。もし俗世間の書籍、世の政治の法律、経済のしくみなどについて説いても、事実の通りであろう。
また、すべての世界の生きとし生けるものの、その心の動きや、心の変化、心の思い論じることなど、みなすべて知るであろう。まだ最高の智恵を得ていないといえども、その者の意識が清らかであることは、以上の通りであろう。
この人が思惟し、推論し、言説するならば、それらはそのまま仏の教えであって、真実でないものはなく、またそれらは、過去の仏の経典に説かれているものと同じであろう。」
その時に世尊は、再びこの内容を述べようと、詩偈の形をもって次のように語られた。
「この人は意識が清らかであり 明哲であり濁りがなく この妙なる意識をもって 上中下の教えを知り たとえ一偈を聞いたとしても 無量の正しい意味に通じるであろう その教えを説き始めたなら 一か月から四か月さらに一年続くであろう
この世界の内外の すべての衆生 または天や龍および人 夜叉や鬼神など そのすべての生きとし生けるものの中にある 思いのわずかな種でさえ 法華経を保つ者は すぐにそのすべて知ることができる
あらゆる方角の無数の仏 多くの祝福に飾られた権威の姿で 衆生のために説法するが この者はそのすべてを聞いて受け保つであろう
無量の正しい意味を思惟し 説法することもまた無量であり 終始忘れたり間違えたりすることはない 法華経を保っているために すべての存在の姿を知り 正しい意義によってその成り立ちを分析し 言葉や言語を巧みに駆使し 自らの表現をもって演説するであろう
この人が説くならば みなすべて過去の仏の教えであり、この教えを語るために、人々の前にあっても 怖れることはないであろう。
法華経を保つ者は このように意識が清らかである。まだ最高の悟りを得ていないといえども その意識は悟りに先行する この人はこの経を保ち 良い地に安住して すべての衆生に喜ばれ愛され尊敬されるであろう 千万種類の巧みな言語をもって わかりやすく演説するであろう それは法華経を保っているためである」

 

つづく

 

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