法華経 現代語訳 75

妙法蓮華経 薬王菩薩本事品 第二十三

その時に、宿王華(しゅくおうけ)菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。薬王(やくおう)菩薩は、娑婆世界においてどのようなわざを行なうのでしょうか。世尊よ。この薬王菩薩は、百千万億を一千億倍した数の難行苦行をしています。良き方である世尊よ。願わくは説いてください。多くの天竜八部衆、また他の国土より来た菩薩、および声聞たちはそれを聞いてみな喜ぶでしょう。」
(注:今回から、第二十三章にあたる『薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)』である。「本事」とは、「過去の話」という意味であり、遠い過去から前世に至るまでのことを指す。
ところで、直前の『嘱累品』は、法華経を委ねられた人々が大いに喜び、その中で釈迦如来が他国から来た諸仏に、本土に帰るよう促す場面で終わっている。そのようなクライマックスの盛り上がりの中で、いきなり、「薬王菩薩について教えてください」と仏に質問する宿王華菩薩は、よほど空気の読めない人、ということになってしまう。連続して法華経を読んでいると、誰もがこの章の冒頭で、そのような違和感を持つのではないだろうか。
法華経は、さまざまな文章やその内容が、法華経の説く霊的真理に一致しているということで編集され、出来上がっていった経典である。決して、実在した歴史的釈迦が一気に説いた経典ではない。したがって、必ずしも各章が順序よく成り立っているわけではない。したがって、このように連続して読むにあたっては、少々無理があると思われる節々も生じるわけである。しかし実はそのようなところも、法華経の編集にあたって、霊的真理の流れにそった絶妙なホローもされているのである。それは後に見ることになる。)
その時に仏は、宿王華菩薩に次のように語られた。
「数えることもできないほど非常に遠い過去に、仏がいた。その名を、日月浄明徳(にちがつじょうみょうとく)如来といった。その仏に八十億の大いなる菩薩たちと、大河の砂を七十二倍した数の大いなる声聞たちがいた。その仏の寿命は四万二千劫、菩薩の寿命もまた同じであった。
その国には、女人、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅等、およびあらゆる災難などはなかった。地は手のひらのように平らであり、瑠璃でできていた。宝樹は厳かに壮大であり、宝の網はその上を覆い、宝の花の幕が垂れ、宝の瓶、香炉などが国の境を囲っていた。一つの樹に七宝によってできた台があった。その樹の高さも非常に高かった。その多くの宝の樹には、菩薩や声聞がいて、その下に座っていた。多くの宝の台の上に、それぞれ百億の諸天がいて、天の伎楽を演奏し、仏を讃嘆する歌をもって供養していた。
その時その仏は、一切衆生憙見(いっさいしゅじょうきけん)菩薩、および多くの菩薩たちや多くの声聞たちのために、法華経を説かれた。
この一切衆生憙見菩薩は自ら願って苦行を修し、日月浄明徳仏の教えに従って精進して、一心に仏を求め続けて万二千歳が満ちたところで、現一切色身三昧(げんいっさいしきしんざんまい・あらゆる衆生の姿を自由に表すことができる三昧)を得た。この三昧を得て、大いに喜んで、次のように思った。
『私が現一切色身三昧を得ることができたのは、法華経を聞いたからである。私は今、まさに日月浄明徳仏および法華経を供養しよう。』
こうして即時にこの三昧に入って、虚空の中において、天の花や天の香を降らせ、それらを虚空の中に満たして雲のようにして下し、また優れた香木の香を降らせた。これらの価値は、この娑婆世界そのものに匹敵する。このようにして仏を供養した。
この供養をなし終わって、三昧より立って次のように思った。
『私は神通力をもって仏を供養したが、自分の身体をもって供養することには及ばない。』
すなわち、天の多くの香木の香を飲み、また天の多くの花の香りの油を飲み続けて、千二百年が満ちた時、さらに香油を身体に塗り、日月浄明徳仏の前において、天の宝の衣をもって自ら身体にまとい、多くの香油を注ぎ、神通力によって自らの身体を燃やした。その光明は広く大河の砂を八十億倍したほどの数の世界を照らした。
その中の諸仏は、同時にこれを褒めて、次のように言った。
『良いことだ、良いことだ。良き男子よ。これこそ真の精進である。これこそ真の教えのゆえに如来を供養することだ。もし花や香、瓔珞、焼香、抹香、塗香、天の布、旗や優れた香木の香などの諸物をもって供養するとしても、これには及ばない。たとい国や城や妻子を捨てることも、またこれには及ばない。良き男子よ。これこそ第一の施しである。多くの施しの中で、最も尊く最上である。教えのゆえに、多くの如来を供養したからである。』
このように語って、諸仏はそれぞれ沈黙した。
その身体の火は、千二百年燃え続け、その後、その身体は燃え尽きた。
一切衆生憙見菩薩は、このような教えに対する供養を行ない、命が終わった後は、また日月浄明徳仏の国の中に生まれて、その世では、浄徳王という者の家において、結跏趺坐(けっかふざ)して忽然と姿を現わし、その父親に向かって、詩偈の形をもって次のように語った。
(注:一切衆生憙見菩薩はいったん死んで、次の生に生まれ変わったが、その時は、浄徳王という者の家の子供として生まれたのである。しかし、普通の子供ではなく、また母親の胎内から出て来たのでもなく、仏が座る姿である結跏趺坐の姿で忽然と姿を現わし、父親に向かって詩の形で言葉を発した、ということである。)
『大王に申し上げます 私はかの場所において 即時に一切現諸身三昧を得て 大いに精進して その時の肉体を捨てたのです』
この偈を説き終わり、父に次のように語った。
『日月浄明徳仏は、今もこの世におられます。私は先の世でこの仏を供養し、すべての衆生の言葉を理解する陀羅尼を得(注:先に述べられていた現一切色身三昧の言葉の面を強調した表現と思われる)、また、この法華経の八百千万億を一千億倍した数のあらゆる形の詩偈を聞きました。大王よ。私は今、まさにこの仏を供養するために行きます。』
このように語り終わって、即座に七宝の台に座り、非常に高く虚空に昇って、仏の場所に到着し、頭面に仏の足をつけて礼拝し、十の指の爪を合わせて、詩偈の形をもって次のように仏を賛美した。
『その御顔は妙にして清らかで その光明はあらゆる方角を照らされます 私はかつて供養し また今お会いするために戻って来たのです』
その時に一切衆生憙見菩薩は、この詩偈を説き終わって、仏に次のように申し上げた。
『世尊よ。世尊はなおこの世にいらっしゃったのですね。』
その時に日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩に次のように語られた。
『良き男子よ。私は涅槃の時が近づき、滅度してすべてが尽きる時となった。その床を用意してほしい。私は今夜、まさに涅槃に入るであろう。』
また、一切衆生憙見菩薩に次のように告げられた。
『良き男子よ。私は仏の教えをあなたに委ねる。および多くの大弟子である菩薩たち、ならびに最高の悟りの教え、また七宝でできたすべての世界、あらゆる宝の樹、宝の台、および給侍する諸天を、すべてあなたに与える。私が滅度した後に残った舎利(=遺骨)もまた、あなたに委ねる。まさにこの舎利があらゆるところで供養され、千の塔が建てられるようにせよ。』
このように日月浄明徳仏は一切衆生憙見菩薩に告げ終わって、夜半に涅槃に入られた。
(注:薬王菩薩の前世物語は大変長い。また、直前の『嘱累品』もそうであったが、詩偈の形の短い言葉もあるとは言え、基本的には散文だけで成り立っており、散文の箇所の内容を繰り返す詩偈の箇所はない。)

 

つづく

 

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