法華経 現代語訳 86

妙法蓮華経 普賢菩薩勧発品 第二十八

(注:ここから、法華経の最終の章である『普賢菩薩勧発品(ふけんぼさつかんぼつほん)』となる。この章は、妙音菩薩がそうであったように、普賢菩薩が他の国から訪ね来ることによって始まる。勧発とは、人に勧めて心を鼓舞するという意味である。まさに、法華経の最後の箇所にふさわしいと言える。)

その時に普賢菩薩は、自在の神通力と偉大な威徳をもって、数えることのできないほどの多くの大いなる菩薩と共に、東方から来た。その経過したところ諸国はすべてみな震動し、宝の蓮華を降らせ、無量百千万億のあらゆる伎楽が響いた。
普賢菩薩はまた、無数の天龍八部衆に囲まれ、それぞれの威徳と神通力を現わして、娑婆世界の耆闍崛山に着き、釈迦牟尼仏の足を頭につけて礼拝し、右に七周して、次のように申し上げた。
「世尊よ。私は宝威徳上王仏(ほういとくじょうおうぶつ)の国において、遥かにこの娑婆世界で法華経が説かれていることを聞き、無量無辺百千万億の多くの菩薩たちと共に、それを聞くために来ました。ただ願わくば世尊よ。まさに説かれますことを願います。良き男子や良き女人は、如来の滅度の後において、どのようにしたらこの法華経を聞くことができるでしょうか。」
仏は普賢菩薩に次のように語られた。
「もし良き男子や良き女人が、次に述べる四つの事柄を成就すれば、如来の滅度の後において、この法華経を聞くことができるであろう。
第一は、諸仏に守られていることであり、第二は、多くの良き因縁を積んでいることであり、第三は、悟りに到達することが決定していることであり、第四は、すべての人々を救おうとする心を起こしていることである。
良き男子や良き女人がこのような四つの事柄を成就するならば、如来の滅度の後において、必ずこの経を聞くことができるであろう。」
(注:この法華経を聞くためには、ずいぶんと難しい条件が必要なのか、と思ってしまいそうであるが、これは法華経を聞く条件である。そしてこの文章を読んでいる者は、すでに法華経を聞いていることになる。つまり、すでにこの四つが成就しているということなのである。むしろこの言葉を受け入れるならば、法華経を聞いている、読んでいるということ自体が、実に偉大なことなのだ、という自覚を持つことになるのである。)
その時に普賢菩薩は、仏に次のように申し上げた。
「世尊よ。この世の終わりにあたる五百年間の、汚れた悪しき世の中においてであっても、私はこの経典を受け保つ者があるならば、まさにその者を守護して、その憂いや患いを除き、安穏であることを得させ、その者の短所を求める者は、それを得ることができないようにしましょう。あらゆる魔や鬼の類であっても、その人を悩ますことはできないようにしましょう。その人が歩きながら、または立ってこの法華経を読誦するならば、私は六つの牙を持つ白い象の王に乗って、大いなる菩薩たちと共にそのところに行って、自ら身を現わし、供養し守護してその心を安らかに慰めましょう。またそれは、法華経を供養するためです。
その人がもし、座ってこの経を考えるならば、私は白い象の王に乗ってその人の前に現われます。その人がもし法華経の一句一偈であっても忘れるようなことがあるならば、私はそれを教えて共に読誦し、その意味を悟らせましょう。
その時に法華経を受け保ち読誦する者は、私の身を見ることができ、大変喜んで、またさらに精進するでしょう。私を見ることによって、即座に三昧および陀羅尼を得るでしょう。それらを名づけて旋陀羅尼(せんだらに)、百千万億旋陀羅尼、法音方便陀羅尼(ほうおんほうべんだらに)と言います。このような陀羅尼を得るでしょう。
世尊よ。この世の終わりにあたる五百年間の、汚れた悪しき世の中において、僧侶や尼僧や男女の在家信者たちが、この法華経を求め、受け保ち、読誦し、書写し、修習しようとするならば、二十一日の間、まさに一心に精進すべきである。その期間を満了するならば、私はまさに、六つの牙の白い象に乗って、無量の菩薩たちに囲まれ、すべての人が見たいと願う姿をもって、その人の前に現われ、その人のために教えを説いて、心を励ましましょう。
またさらに、その人に陀羅尼の呪を与えましょう。この陀羅尼を得るならば、悪しき者などが害を加えることはないでしょう。また、女人に惑わされることはないでしょう。私自らが、その人を守りましょう。ただ願わくば世尊よ。私にその陀羅尼を説くことをお許しください。」
普賢菩薩は仏の前において、呪を次のように語った。
「あたんだい、たんだはち、たんだばてい、たんだくしゃれい、たんだしゅだれい、しゅだれい、しゅだらはち、ぼだはせんねい、さるばだらにあばたに、さるばばしゃあばたに、しゅあばたに、そうぎゃばびしゃに、そうぎゃねきゃだに、あそうぎ、そうぎゃはぎゃち、ていれいあだそうぎゃとりゃあらていはらてい、さるばそうぎゃさまちきゃらんち、さるばだるましゅはりせってい、さるばさたろだき。
世尊よ。もし菩薩にふさわしい者がいて(注:つまり法華経を受け保つ者という意味)、この陀羅尼を聞くことができた者は、まさにこれこそ、普賢神通の力であると知るべきです。またもし法華経をこの地で実践し続ける者は、まさにこれこそ、普賢威神の力であると知るべきです。もし、この経を受け保ち、読誦し、正しく記憶し、その意味を理解し、その説に従って修行するならば、その人は、普賢の行を行じていると知るべきです。その者は、無量無辺の諸仏のところにおいて、深く良い因縁を積む者となり、多くの如来の手によって、その頭をなでてもらうことになるでしょう。
もしただ書写するだけの者であっても、その人の命が終わって後、天の最も高い世界に生まれるでしょう。その時に八万四千の天女たちが、多くの伎楽を演奏しながら迎えに来るでしょう。その人は七宝の冠をかぶって、天女たちの中で楽しむでしょう。ましてや、受け保ち、読誦し、正しく記憶し、その意味を理解し、説に従って修行する者は、それ以上です。
もしある人が、この経を受け保ち、読誦し、その意味を理解したとします。この人の命が終わるならば、千仏の手が差し伸べられて、恐れることなく、悪しき世界に落ちることなく、兜率天(とそつてん)の弥勒菩薩の世界に行くでしょう。弥勒菩薩は、すぐれた三十二の姿を成就しており、大いなる菩薩たちに囲まれており、百千万億の天女や従者たちがいて、その者はその中に生まれるでしょう。このような功徳や優れたことがあるでしょう。このために、智恵のある者は、まさに一心に法華経を自らも書き、また人に書かせて、受け保ち、読誦し、正しく記憶し、説にしたがって修行すべきです。
世尊よ。私は今、神通力をもってこの経を守護し、如来の滅度の後に、この世に広く流布させ、決して絶えることのないようにします。」

つづく

 

法華経 #仏教 #法華経現代語訳