撰時抄 その15

亡国の悲しさと亡身の嘆かわしさに、身命を捨ててこのことを表わしてきた。そして、これからも表わそうではないか。国主ならば、世を保つために私の指摘に驚いて、もっと詳しく聞きに来なければならないはずなのに、ただ、他人を貶める言葉だと受け取って、さまざまな迫害を加えて来た。しかし、『法華経』を守護する梵天帝釈天や日天子月天子、四天王、地神たちは、昔からの正しい教えに対する非難を異常だと思っておられるが、これを知っている者がないので、一人の子の悪さのように赦してしまい、偽りを言い、愚かなことをする時は、少し懲らしめる時もあった。
しかし、今は正しい教えを非難する者を用いることだけでも異常なことなのに、日蓮のように、それを指摘する者をさらに迫害するのだ。それも一日二日、一月、二月、一年、二年にとどまらず、数年に及んでいる。『法華経』に記されている常不軽菩薩が、杖や木の棒でたたかれたという災難よりもひどく、悪を指摘して殺されそうになった覚徳比丘のことをも超えている。その間、梵天帝釈天の二王、日天子月天子、四天王、衆星地神などが怒って、度々いさめられたけれども、さらに悪を行なうために、天の御計いとして、隣国の聖人に命じられてこれを戒め、大鬼神を国に入れて人の心をたぶらかし、内乱を起こさせたのである。
吉凶につけて、兆候が大きければ災難も多いということが道理であり、釈迦の死後、二千二百三十年あまりの間、今まで出たこともない大きな彗星が現われ、今までなかったような大地震が起こった。中国や日本に、智慧が優れ、偉大な才能を持つ聖人はたびたび出現したけれども、今までに日蓮ほど『法華経』の信奉者であるということで、国中に強敵を多く作った者もない。何よりも、眼前の事実をもつて、日蓮はこの世で第一の者と知るべきである。
仏教が日本に伝わって、七百年あまりたった。すべての経典は五千巻も七千巻もあり、宗派は八宗十宗、智者は稲や麻のように多く、教えの広まりは竹や葦が生えるようである。しかし、仏は阿弥陀仏であり、他の諸仏の名号は阿弥陀仏の名号ほど広まってはいない。
この阿弥陀仏の名号はどのように広まったかと言うと、まずは恵心僧都源信が『往生要集』を著わし、それによって日本の三分の一がみな念仏者になった。さらに、永観は『往生拾因(おうじょうじゅういん)』と『往生講式(おうじょうこうしき)』を著わし、それによって日本の三分の二がみな念仏者となった。そして、法然は『選択本願念仏集』を著わし、日本のすべての人々が念仏者となった。したがって今、阿弥陀仏の名号を唱える人々は、一人の弟子ではない。
この念仏というものは、『無量寿経』と『観無量寿経』と『阿弥陀経』の題名である。権大乗経(ごんだいじょうきょう・仮の大乗経という意味)の題目が広まっていることは、実大乗経(じつだいじょうきょう・真実の大乗経という意味)の題目が広まる序のようなものではないか。心ある人はこれを考えるべきである。権経が広まれば、実経も広まるであろう。権経の題目が広まれば、実経の題目も広まるであろう。

(注:繰り返し述べているように、当時はすべての経典が釈迦の言葉だと信じられていたので、その経典のランク付けである教判に基づいて、大乗経典は、権大乗と実大乗に分けられていた。もちろん、現在ではこのような分け方は意味がないことが明らかになっている。)

仏教が伝わった欽明天皇より今の天皇の時代に至るまで七百年あまり、「南無妙法蓮華経」と唱えよと他人にも勧め、自らも唱えた智慧者はいない。太陽が昇れば星は隠れる。賢王が現われれば愚王は滅ぶ。実経が広まれば権経の広まりは止まる。智慧が「南無妙法蓮華経」と唱えれば、愚人がこれに従うことは、身に影がつくように、声に響きが伴うようになるであろう。日蓮は日本第一の『法華経』の行者であることは疑いようがない。この事実によって考えよ。中国にもインドにも、この世のどこにおいても、これに肩を並べる者はいないのである。

問う
正嘉の大地震や文永の大彗星は、なぜ起こったのだろうか。
答える
天台大師は、「智慧者は理由を知り、蛇は自ら蛇を知る」と言っている。
問う
どういう意味か。
答える
法華経』にある、上行菩薩が大地より出現したことについて、迷いの深いところまで断じていた弥勒菩薩文殊師利菩薩や観世音菩薩や薬王菩薩なども、その理由がわからなかった。それは、「如来寿量品」の真理である「南無妙法蓮華経」を末法の世に伝えるために、仏がこの上行菩薩を召し出されたのである。弥勒菩薩たちは、やはり仏ではないので、この理由を知らなかったということにおいては、愚人扱いされたのである。
問う
日本や中国やインドで、このことを知っている人はいるのだろうか。
答える
迷いを断じ尽くしていた大菩薩でさえも、このことを知らなかった。ましてや、迷いをまったく断じてもいない者たちが、このことを知ることができるだろうか。
問う
智慧者がいなければ、どうしてこのことに対処することができるだろうか。たとえば、病気の原因がわからない者が、病人を治療しようとすれば、必ず死んでしまう。この災いの根源を知らない人々が祈るならば、国はまさに亡びること疑いない。本当にあさましいことである。
答える
蛇は七日のうちに大雨が来るのを知り、烏は一年の間の吉凶を知る。これは、大竜に従って学んでいるせいだろうか。日蓮は凡夫である。このことを知らないとは言え、だいたいのことでもあなたに知らせよう。
周の平王の時、禿で裸な者が現われたのを見て、辛有という者が占ったところ、百年の内に世が滅びるだろうと言った。また同じく幽王の時、大地震が起こって山川が崩れたが、白陽という者が推察して、十二年の内に大王は大きな事件に見舞われるであろうと言った。今の大地震や大彗星などのことは、国王が日蓮を憎んで、国を亡ぼす教えである禅宗と念仏者と真言の僧侶たちに味方するので、天が怒って下した災難である。

 

つづく

 

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