大乗経典と論書の現代語訳と解説

法華経と法華玄義などの経論を通して霊的真理を知る

法華玄義 現代語訳 209

『法華玄義』現代語訳 209

 

①.d.昔の五時および七階の相違を破る

達摩欝多羅(だつまうったら)は、「教」と「迹」についての意義を解釈して「教とは仏が人々に与える言葉のことである。迹とは、足跡の意味である。またそこに応跡(おうしゃく)、化跡(けしゃく)がある」と言っている。その言うところは、聖人の布教は、それぞれ帰するところと従うところがある。しかし、さまざまの学者の「判教」は一つではない。

まず「釈迦の一代は、漸教と頓教を出ない。漸教に七階と五時がある。このことについては、世の誰も異論がない」とある。また「五時については、どうして固定的な区別ができるだろうか。仏の入滅以前の教えはみな不完全である。涅槃の教えこそ、完成された教えとする」とある。また「仏は一つの声をもって万民に与えるが、衆生は大小さまざまであり、それぞれ受ける。どうして頓教と漸教によって定めることができようか。頓教や漸教はないと判断する」とある。

今、これを経論によって検証すれば、むやみに憶測してとやかく言うだけである。なぜならば、ある人は「仏の教えは頓教と漸教を出ない」という。しかし実は、「頓教」「漸教」だけで教えを摂取することはできない。『四阿含経』『五部戒律』などは、教えはまだ深いところを究めていないので、「頓教」と名付けることはできない。その述べるところは、あらゆる事柄に及ぶので、大乗の前の段階とすることもできない。これは「頓教」にも「漸教」にも摂取させることはできない。どうして、「仏の教えは頓教と漸教を出ない」というのか。

さらに「頓教」がないわけではない。全く破ることはできない。なぜなら、およそ「頓教」と「漸教」を論じることは、説教する相手による。もし如来について言えば、実に小乗と大乗を並べて述べる。その「時」に前後はない。ただ聞く者は、悟りや理解に違いがある。自ら「頓教」として受ける者もあり、あるいは「漸教」から入る者もいる。聞くところに従って経典となる。どうして、「頓教」がないと言えようか。

ただその時節を定めて、その浅深を比較することができないだけである。

またある人は「漸教の中に七階、五時がある」という。また「仏は初めて悟りを開いて、提謂や波利(『提謂波利経』の聞き手の二人の長者)のために五戒と十善の人天の教門を説く」と言う。

しかし、仏は衆生に従って、相手に聞く能力があれば説くのである。どうしてただ最初の時に限って、この二人のために「五戒」を説くというのだろうか。またその『提謂波利経』の中には、「二人の長者は不起法忍を得て、三百人は信忍を得て、二百人は須陀洹を得る」とある。『普曜経』の中には、仏は二人の長者のために「授記」を与え、密成如来とする。もしそうならば、最初、二人のために人天の教門を説くというのは、その意義はどこにあるのだろうか。さらにこの二人の長者は、仏から教えを聞き、仏を礼拝して去って、最後まで鹿野苑に向かったことはない。最初に「五戒」を説く時、まだ最初の弟子である阿若憍陳如(あにゃきょうじんにょ)は教化されていない。何と結び付けて「漸教」とするのだろうか。

またある人は「第二時、十二年の中に、三乗別教を説く」と言う。もしそうならば、十二年を過ぎて、「四諦」「十二因縁」「六波羅蜜」を聞くことができる者がいれば、どうして説かないことがあろうか。もし説けば、すなわち「三乗別教」は、ただ十二年の中にあるだけではない。もし説かなければ、ある時期が過ぎた後、聞くことのできる者に、仏はどうして教化しないことがあろうか。間違いなく、このことはあり得ない。『法華経』に「声聞のために四諦を説き、そして六波羅蜜を説く」とある。ただ十二年だけではない。ただし一代の中で、聞くにふさわしい者に従って説くのみである。『四阿含経』『五部律』などは、声聞のために説く。そして涅槃に終わる。すなわちこのことである。このために『増一阿含経』に「釈迦は、十二年の中で略して戒律を説く。後に足らない所があれば、詳しく説く」とある。『長阿含経』「遊行経」には「涅槃」までのことが記されている。どうして小乗はすべて十二年の間のことだけだと言えようか。

ある人は「第三時の三十年の中に、空宗の『般若経』『維摩経』『思益経』を説く」と言う。どの経文によって三十年とわかるのだろうか。

「四十年の後に『法華経』の一乗を説く」と言うのは、『法華経』の中に、弥勒菩薩が「仏は悟りを開いてから今まで、最初の四十年が過ぎた」と言っている。しかし、『法華経』は『大品般若経』の後にあると言うべきではない。なぜだろうか。『大智度論』に「須菩提は『法華経』の中において、仏に対して手を挙げるだけでも、頭を低くするだけでも、それによってみな仏になることができると説かれたことを聞いた。それによって、ここで菩薩が仏になることは定まっているのか、定まっておらず退くこともあるのか、と質問したのである」とある。もしそうならば、『大品般若経』と『法華経』と前後が固定できるだろうか。

しかし『大品般若経』『法華経』および『涅槃経』の三教の浅深は、たやすく言うことができない。なぜならば、『涅槃経』の「仏性」は、また「般若」と名付けられ、また「一乗」と名付けられる。「一乗」は『法華経』の宗であり、「般若」は『大品般若経』で説かれるのである。すなわち「仏性」を明らかにしている。どこに不完全な教えがあるだろうか。

大品般若経』の中に「第一義空」を説くのは、『涅槃経』に「空」を明らかにすることと異なりがない。みな「色は空、そして大涅槃もまた空である」という。また『大品般若経』には「涅槃」は神通力で作り出されたものではないと説き、『維摩経』には、仏身は「無常」「無強」「無力」「無堅」「速朽」の「五非常」を離れていると説かれている。『涅槃経』に「常住」を説いていることと、「涅槃」は神通力で作り出されたものではないと説くことと、何の異なりがあるだろうか。しかし自ら分別して『維摩経』は「常住」だけを説くとして、『大品般若経』はただ「空」を説くとしているのである。

ある人は、阿難などのあらゆる声聞が『大品般若経』の会衆にあり、また『法華経』の会衆を経て、最後に『涅槃経』の会衆にあることをもって、『大品般若経』『法華経』『涅槃経』はまさに浅深の区別があると知ることができるという。しかし、その意義は必ずしもそうではない。なぜなら、阿難や摩訶迦葉の二人は、『法華経』の会衆を経て、もしまだ「常住」が説かれることを聞くことがなければ、『涅槃経』の会衆の中にこの二人はいなかったわけであるから、どのようにして「常住」の理解を得て、『涅槃経』を伝えるであろうか。また次に、舎利弗は、仏の「涅槃」の前の七日前に亡くなった。目犍連は外道(執杖梵士・しょうじょうぼんし)から打たれ、やはり仏の「涅槃」の前に亡くなっている。彼らはみな、釈迦の入滅の沙羅双樹にはいなかった。どうして『涅槃経』の「常住」の理解を得ることができたであろうか。このために知ることができる。『法華経』の中にすでに「常住」を悟り終わって、さらに聞く必要はなかったのである。

また舎利弗などのあらゆる声聞は、みな如来を助けるために現われた菩薩の化身である。『法華経』に説く通りである。衆生は小乗の法を願って、大乗の「智慧」を恐れていると知っている。このために、あらゆる菩薩は、声聞や縁覚の姿となるのである。『涅槃経』に「私の法において最初の子は、大迦葉である。阿難は多く聞くことができる者であり、よくすべての疑いを断じ、自然によくこの常住と無常を理解する」とある。このために知ることができる。如来を助けるために現われた菩薩の化身は、大乗にあっては大乗の者であり、小乗にあっては小乗の者である。どうしてこの人たちにおいて、段階の違いを定めることができようか。また、もし『法華経』から後に「涅槃」に入れば、『法華経』の中で、釈迦は王宮を出て初めて悟りを開いたのではなく、久遠の昔に悟りを開いているということを知るわけであるから、どうして、『涅槃経』の中で、菩提樹の下で初めて悟りを得たということを引用して、歴史的事実に執着して迷うことがあろうか。このために知ることができる。一部の衆生が最後に「常住」を聞く必要があるために、『涅槃経』を説いたのである。『法華経』を聞く者は、『涅槃経』を必ずしも聞く必要はないのである。