大乗経典と論書の現代語訳と解説

経論を通して霊的真理を知る

法華玄義 現代語訳 204

『法華玄義』現代語訳 204

 

第三目 信解品からの引証

「信解品」の須菩提と摩訶迦旃延摩訶迦葉と摩訶目揵連の四大声聞が教えを理解したことの記述を引用して、この教判の次第を証明する。その経文に「父はいつもその子のことを思っていたが、子には会えずにいた。ある時期、一つの町に留まっていたが、その家は大いに富んで、多くの従者や大臣、また多くの司祭や王侯貴族や商人たちが取り巻いていた。その時、その子はさまよい歩いたあげく、父の家の前にたまたま来たが、すぐに走り去ってしまった。しかし、その長者である父は、その座っている椅子から子を見つけて、すぐにわが子だとわかり、人を遣わして、すぐに連れて来るように命じた。その子は驚いて、あわてふためき、『私は何もしていない。なんで捕まえられるのだ』と叫んだ。父は遠くからそれを見て、使者に次のように言った。『この人は使いものにならない。強いて引いて来ることはない』」とある。これは何の意義を理解したということだろうか。最初、悟りを開いて寂滅道場において法身の大士が四十一地の眷属に囲まれて、円頓の教門を説いたのである。その時に、大乗をもって子に与えたが、能力がまだ熟しておらず、驚いてしまった。まさに知るべきである。仏の太陽が初めて昇り、頓教を先に開いた。たとえば、牛からまず乳が出るようなものである。

次に「その時、長者はその子を導こうとして、方便をもって、密かに見た目が悪く、威徳もない二人を遣わした。『あなたはあそこに行って、あなたを雇って糞を除く仕事をさせると貧しい子に語りなさい』。そして長者も宝石の衣を脱ぎ、汚れた衣を着た。その方便によって、子に近づくことができた」とある。これは何の意義を理解したということだろうか。これは頓教の後に次いで、毘盧遮那仏の威徳の優れた形相を隠して、老いた比丘の姿となって、三蔵教を説き、二十年の間、常に糞を除かせ、日当を得るということである。すなわち十二部経から、後に修多羅を出すことである。その時に、見思惑が断じられ、無漏の心が清浄となる。たとえば、乳から酪が作り出されるようなものである。

また経文に「この後、心も整い理解して、出入りにも心配なくなった。しかし自分はあくまでも使用人と思っていた」とある。これは何の意義を理解したということだろうか。三蔵教の後に、次に方等教を説くことを明らかにしているのである。すでに悟りの果を得て、心が整った。大乗を聞くことを「入」として、小乗に住むことを「出」とする。もし小乗を責めることを「心配がない」とするならば、また、長者の家の中に進み入ることを入とし、入って多くの大臣や豪族の大いなる功徳の力を見て、宝炬陀羅尼を聞き、不思議解脱の神変を見るために、入とする。出とは、草庵に住む二乗の境界を出とする。「心が整い理解する」とは、阿羅漢を得終わって、罵られても怒らず、心の内で恥じて、あえて声聞や縁覚の教えをもって人を教化しない。心が次第に成熟することは、酪から生蘇を出すようなものである。これは修多羅から方等教の経を出すとする。すなわち第三時の教えである。

また経文に「その時、長者は病にかかり、自ら死が近いことを知り、その子に次のように語った。『今、私は多くの金銀や珍宝を持っており、倉庫に満ちている。その中のどれが多くあり少なくあり、どれを取り出すべきかをあなたは知っておきなさい』。その子はそのように言われて、それらをしっかりと領知したが、一回の食事の値でさえも、自分のものにしなかった。依然として、自分は使用人だと思っていた」とある。これは何の意義を理解したということだろうか。方等教から後に、次に『般若経』を説く。『般若経』の観慧は、「どれを取り出すべきかを知る」ことである。心と形相から始まり、一切種智に至るまで、これは「多くの金銀や珍宝」である。須菩提たちが、声聞から菩薩に転じて教えることは「領知」である。ただ菩薩のために説き、自らの行によって証することがないために、「自分のものにしなかった」のである。すなわちこれは方等教から『摩訶般若』を出すことである。これにより、大士の法門を知ることができ、無理を破り滅ぼす。生蘇より熟蘇を出すことに喩えられる。これは第四時の教えである。

また経文に「またやがて、父は子の心がようやく通達して安泰となったことを知り、命が終わろうとしている時に臨んで、その子を呼び、ならびに親族を集め、自ら次のように言った。『これは私の子である。私は実の父親である。今、私が所有するところは、すべてこの子のものである。家業をすべて託す』。その子は歓喜して、未曽有であると思った」とある。これは何の意義を理解したということだろうか。すなわちこれは、『般若経』の後に、次に『法華経』を説くことである。先に、倉庫の諸物を領知することをもって、ただ「どれを取り出すべきかを知る」だけであり、その後は語らなかった。前に声聞から菩薩に転じ、法門を知れば、重ねて観法を用いる必要がないことを喩える。その後、すぐに草庵を破り、一つの大きな車を賜り、仏となる授記を授かる。どうしてこれが明らかに仏性を見て、大涅槃に住むことでないことがあろうか。このために、摩訶般若から大涅槃を出すという。この時、無明が破られ、中道の理法が顕われる。その心は高潔であり、清い醍醐のようである。すなわちこれは、熟蘇から転じて醍醐を出すことである。これが第五時の教えである。

この五味の教えの喩えは、一段の漸教の能力の衆生を調熟させる。舎利弗などの大徳の声聞は、『法華経』の中において、授記を受けることができる。如来の性を見て、大果実を成就することは、秋に収穫して冬に蔵に収め、さらにやるべきことがないようなものである。不生不滅を大涅槃と名付ける。すなわちこれは前に『摩訶般若』から『妙法蓮華』を出す。未熟の者のために、さらに『般若』から『涅槃』に入って、仏性を見ることを述べる。すなわちこれは後に、また『般若』から『大涅槃』を出すのである。

しかし、『法華経』と『涅槃経』の二経の教えの意義は、始まりと終わりは同じである。『法華経』は、三周に法を説いて、声聞を開会して、すべて一実に帰させる。後に開近顕遠して菩薩のことを明らかにする。『涅槃経』もまた同じである。先に常・楽・我の三修をもって声聞を開会して、秘密蔵に入らせて、後に「三十六問(「長寿品」において迦葉菩薩が仏に三十六の質問をした個所)」をもって菩薩のことを明らかにする。

また『涅槃経』には、仏の滅度に臨んで、さらに三蔵を助けて、将来を諫め、末代の能力の劣った者たちに、仏法における断滅の見を起こさせないようにした。広く常住の教えを開いて、この顛倒を破り、仏法において長く住まわせた。このようなことは、『法華経』とは異なっているが、同じく第五時の醍醐であり、仏性の味は同じなのである。