大乗経典と論書の現代語訳と解説

経論を通して霊的真理を知る

『法華経』現代語訳と解説 その26

法華経』現代語訳と解説 その26

 

妙法蓮華経提婆達多品第十二

 

その時に仏は、多くの菩薩および天や人や僧侶や尼僧や男女の在家信者たちに、次のように語られた。

「私は、過去の無量の劫の中において、『法華経』を求めることに、たゆむことはなかった。多くの劫の中において、常に国王となって、願を発して、この上ない悟りを求め続け、心が退くことがなかった。六波羅蜜を満たそうと、布施を行なったが、象や馬や珍しい七宝、国や城や妻子、奴隷や従者、さらに自分の頭や目や髄や脳、身の肉や手足を惜しむ心はなく、命さえ惜しまなかった。

その時の世の民たちは、その寿命が無量であった。教えのために、国における位を捨て、政治を太子に任せ、鼓を打って四方に宣布して教えを求めた。『誰が私のために大乗を説く者はいないか。もしそのような者がいるなら、私は命が尽きるまで、その者に仕えよう』。

その時に仙人がいた。王である私のところに来て、次のように語った。

『私は大乗を持っている。それは妙法蓮華経という。もし私に従うなら、あなたのために説こう』。王である私は、仙人の言葉を聞いて、躍り上がって喜び、すぐに仙人に従って、身の回りのことを供給し、食物を集め、水を汲み、薪を拾い食卓を設け、さらに自分の身体を座る椅子とするまで仕えたが、身や心にも怠けることはなかった。そのように奉仕すること千年を経て、教えのために努めて仕え、仙人に不足がないようにした」。

その時に世尊は重ねてこの内容を述べようと、偈をもって次のように語られた。

「私は非常に遠い過去を想起すれば 大いなる教えを求めるために 世の国王となっても 肉体的な楽しみなど貪らなかった 鐘をついて四方に告げた 誰が大いなる教えを持つ者はいないか もし私のために説いてくれるなら 私はその者の奴隷となろう 

その時に阿私(あし)という仙人がいた 王である私のところに来て 次のように語った 私は妙なる教えを持っている 世においては 知ることが非常に難しい教えである もし熱心に修行するというならば 私はあなたのために説くであろう その仙人の言葉を聞いて 王である私は大いに喜び すぐに仙人に従って 身の回りのことを供給し 薪および食物を集めて 心を尽くして食卓を設けた 妙なる教えを慕うために 身にも心にも怠けることはなかった 広く衆生のために 大いなる教えを熱心に求め また自分の身体 および肉体の楽しみのためには動かなかった 大国の王となっても 熱心にこの教えを求め その結果この教えを得て ついに仏になることができたのである このために今 あなたたちに説くのだ」

仏は多くの僧侶たちに次のように語った。

「その時の王とは今の私であるなら、その時の仙人は誰であろうか。まさに今の提婆達多(だいばだった・注1)なのである。提婆達多が、私にとって善知識(ぜんちしき・注2)であったので、菩薩の行ないを成就し、仏の持つさまざまな姿や能力を得ることができた。仏になって、阿耨多羅三藐三菩提を得て、広く衆生を導くことができたのは、すべて提婆達多が善知識になったからなのである」。

仏は多くの人々に次のように語られた。

提婆達多は、無量の劫を過ぎた後、まさに仏になるであろう。名を天王如来といい、供養を受けるべき方であり、遍く正しい知識を持ち、勝れた所行を具え、善い所に到達しており、世間を理解しており、無上のお方であり、人を良く導く方であり、天と人との師であり、仏であり、世尊である。その世界を天道と名づける。その時に天王仏は、世にあること二十中劫(ちゅうこう)、広く衆生のために、妙なる教えを説くであろう。大河の砂の数ほどの衆生は、阿羅漢果を得て、無量の衆生は縁覚の心を起こし、その多くの衆生は、この上ない道を求める心を起こし、空を悟って、退かない悟りの位に着くであろう。そして、天王仏が滅度した後、正法が世にあること二十中劫、その仏の全身の舎利によって、七宝の塔が建てられ、その高さは六十由旬、縦と横は四十由旬であろう。多くの天や人民たちは、みな多くの華や抹香、焼香、塗香、衣服、瓔珞、旗、宝の覆い、伎楽、歌頌などをもって、その宝の妙なる塔を礼拝し供養する。多くの衆生は阿羅漢果を得、無数の衆生は、辟支仏を悟り、また多くの衆生は、悟りを求める心を起こして、決して後に退かない位に至るであろう」。

仏は、多くの僧侶たちに次のように語られた。

「未来の世に、良い男子、良い女人がいて、『妙法蓮華経』の「提婆達多品」を聞いて、清らかな心において信じ敬い、疑惑を生じさせない者は、地獄、餓鬼、畜生の世に落ちることなく、あらゆる方角の仏の前に生まれるであろう。その生まれた世においては、常にこの経を聞くであろう。もし人や天の中に生まれたならば、優れて妙なる楽しみを受け、仏の前にあっては、蓮華より化生(けしょう・注3)するであろう」。

その時、下方にある多宝仏の国から、智積(ちしゃく)という名の菩薩が来て、多宝仏に次のように申し上げた。

「そろそろ本土にお帰り下さい」。

その時、釈迦牟尼仏は智積菩薩に次のように語られた。

「良い男子よ。しばらく待つように。ここに文殊師利という菩薩がいる。その菩薩と会って、妙なる教えについて語り合って、それから本土に帰るがよい」。

その時、文殊菩薩は、大きさが車輪のような千葉(せんよう)の蓮華に座し、共に来た菩薩もまた宝の蓮華に座し、海の中にある龍王の宮から自ら現われ出て、空中に留まり、霊鷲山に詣(もう)でて、蓮華より下りて、仏の前に至り、頭を釈迦仏と多宝仏の二世尊の足につけて礼拝し、それを終えてから智積菩薩の所に行って、互いに挨拶をして座った。

智積菩薩は文殊菩薩に次のように質問した。

「あなた様は、龍宮に行かれて、教化した衆生は何人でしょうか」

文殊菩薩は次のように答えた。

「その数は無量であって、計ることはできない。言葉にすることもできない。心で測ることではない。しばらく待たれよ。目に見える形で現わそう」。

そのように言い終わらないうちに、無数の菩薩たちが宝の蓮華に座ったまま、海より現われ出て、霊鷲山に詣(もう)でて、空中に留まった。

この多くの菩薩は、みな文殊菩薩が教化して悟りに導いたのである。文殊菩薩は、菩薩の行なうべき六波羅蜜を彼らに説いて導いたのである。彼らのうちでもと声聞であった者には、文殊菩薩は空中にあって声聞の行なうべきことを説いて導いた。しかし今はみな、大乗の空の教えを修行している。

文殊菩薩は、智積菩薩に次のように語った。

「海において教化した者たちは、このようである」。

その時に智積菩薩は、偈をもって讃嘆して次のように語った。

「大いなる智慧の徳を持つ健やかな勇者は 無量の衆生を教化して悟りに導かれた 今この大いなる会衆および私は 彼が実相の正しい意味を述べ伝え 一仏乗の教えを開いて 広く多くの人々を導いて 速かに悟りを成就させたことを見た」

文殊菩薩は次のように語った。

「私は海の中において、ただ常に『妙法蓮華経』を説いたのだ」。

智積菩薩は、文殊菩薩に質問して言った。

「この経は大変深く妙なる教えであり、あらゆる経典の中の宝であり、世においては会うことが難しい教えです。衆生がこの経に基づいて、少しくらい努力精進したところで、速かに仏になることができるでしょうか」。

文殊菩薩は次のように答えた。

「裟竭羅龍王の娘がいた。年齢は八歳である。智慧と能力に秀で、衆生の能力やその行ないを知り、優れた記憶力を持ち、諸仏の教えの深い秘密の意義をすべてよく受けて保ち、深く禅定に入って、あらゆる存在の真実を見極め、一瞬にして阿耨多羅三藐三菩提を求める心を起こして、退くことはなかった。何の妨げもなく教えを説き、衆生を思って慈しむことは、母親が幼い子供に接するようであった。功徳を備え、心に思うこと、口で語ることはすべて広く尊い。慈悲や情けがあり、心の底から柔和であり美しく、阿耨多羅三藐三菩提に至った」。

智積菩薩は次のように言った。

「私は釈迦如来を見たてまつるところ、無量劫において難行苦行して、功徳を積み重ねて菩薩の道を求めるに、一度も休まれることはありませんでした。三千大千世界において、衆生のために、菩薩として身命を捨てなかったところなど、芥子粒ほどもありませんでした。そしてその後に、阿耨多羅三藐三菩提を得られました。その女が非常に短い期間で、悟りを成就するなど信じられません」。

この言葉が終わらないうちに、龍王の娘はたちまち姿を現わして、仏を深く礼拝し、その場の片隅に座って、偈をもって次のように仏を讃嘆した。

「深く罪に対しても福に対しても それらの真実の姿を見極め その光はあらゆるところを照らされる 妙なる清い法身は 仏の持つすぐれた姿をもって ご自身を厳かに飾られる 天も人も仰ぎ敬い 龍神もみな敬い礼拝する すべての衆生は 尊く仰ぎ奉らない者はない また悟りを得たということは ただ仏だけが正しく証される 私は大乗の教えをもって 苦しみの中にいる衆生を悟りに導こう」

その時、舎利弗は龍女に次のように語った。

「あなたは短い間に、この上ない道を得たと言ったが、このことは信じられないことである。なぜなら、女身は汚れていて、教えを受ける器ではない。どうして、この上ない悟りを得られるだろうか。仏道ははるかに高く遠く、無量劫を経て、努めて勤苦して行を積み、菩薩の行なうべき修行を完全に成就して、その後に悟るのである。また女人の身には、なお五つの障りがある。一つは梵天王になることはできない。同じく二つは帝釈、三つは魔王、四つは転輪聖王、五つは仏身になることはできない。なぜ女の身で、速かに仏になることができるだろうか」。

その時に龍女は、一つの宝珠を持っていた。それには、三千大千世界と同じほどの価値があった。龍女はそれを仏に差し上げた。そして仏はすぐにそれを受け取られた。龍女は智積菩薩と舎利弗に次のように語った。

「私は宝珠を献上しました。世尊の速やかに納受されたでしょうか」。

二人は「とても速やかに納受された」と答えた。

龍女は次のように言った。「あなたの神通力をもって、私が仏となる姿を見てください。仏が宝珠を受け取られるよりも速やかでしょう」。

その時、その会衆はみな、龍女が一瞬のうちに男子となって、菩薩の行を成就して、すぐに南方の無垢(むく)世界に行き、宝の蓮華に座して、阿耨多羅三藐三菩提を得て、仏の姿の特徴をすべて身につけ、広くあらゆる方角の衆生のために、妙なる教えを説く姿を見た。

その時、娑婆世界の菩薩、声聞、天龍八部衆、そして人々は、その龍女が仏となって、人や天のために教えを説く姿を見て、大いに歓喜し、その場から仰ぎ見て敬い礼拝した。無量の衆生は教えを聞いて悟りを開き、退くことのない位を得、また無量の衆生は仏になることの記を授かった。無垢世界は六つの方向に震動した。娑婆世界の三千の衆生は悟りに向かって退かない位を得、また三千の衆生は悟りを求める心を起こして記を授かった。

智積菩薩および舎利弗はじめ、あらゆる会衆は、そのすべてを黙って信じ受け入れた。

 

注1・「提婆達多」 この章では、とても仏になることができないと思われる者たちが、仏になるということが記されている。提婆達多とは、仏教の伝承の中では最悪の人間である。一説には、釈迦のいとこだったと言われるが、最初、釈迦に従って出家したものの、その後、自分が教団のリーダーになろうともくろみ、次第にその思いがエスカレートして、最後は釈迦の弟子を殺害し、ついには釈迦に襲いかかって、釈迦の体を傷つけたと言われる。そのため、もちろん即、地獄に落ちたとまで伝えられる者である。そのような提婆達多が、過去の釈迦の師匠の仙人であり、仏になるという記が授けられるのである。

注2・「善知識」 教えを授けてくれる尊い者。

注3・「化生」 人の胎を通さず生まれること。