大乗経典と論書の現代語訳と解説

経論を通して霊的真理を知る

『法華経』現代語訳と解説 その29

法華経』現代語訳と解説 その29

 

また文殊菩薩よ(注1)。大いなる菩薩が、後の末の世の、教えが滅びようとしている時に『法華経』を受持する者は、在家、出家の人の中において、大いなる慈しみの心を起こし、菩薩ではない人の中において、大いなるあわれみの心を起こして、まさに次のような思いを持つべきである。『この人たちは、如来が相手の能力に応じて説く教えを大いに失っている。聞きもせず、知らず、悟らず、質問せず、信ぜず、理解しない。この人たちはこの経について、質問せず、信ぜず、理解しないといっても、私が阿耨多羅三藐三菩提を得たならば、どこにあっても、神通力と智慧の力をもって、彼らを導き、この教えの中に入らせよう』。

文殊菩薩よ。この大いなる菩薩が、如来の滅度の後において、この第四の教えを成就するならば、この教えを説く時、誤りはないであろう。

常に僧侶、尼僧、男女の在家信者、国王、王子、大臣、人民、婆羅門、長者たちに供養され、敬われ、重んぜられ、讃歎されるであろう。虚空の諸天も、教えを聞くために常に付き従うであろう。もし集落、町、寂しい所、林の中にある時、難問しようと人が近寄ってきても、諸天は昼夜に、常に教えのためにこの者を護衛して、聞く者をみな喜ばせるであろう。なぜなら、すべての過去、未来、現在の諸仏が、その神通力をもって、この経を守っているからである。

文殊菩薩よ。この『法華経』は、無量の国の中において、名前さえも聞くことはできないからである。ましてや、見て受持し読誦することなどできないのである。

文殊菩薩よ。このことを次の喩えによって述べよう。

たとえば、力のある転輪聖王(てんりんじょうおう)がその威勢をもって、諸国を降伏させようとしていたとする。しかし、多くの王たちは従わなかった。すると、転輪聖王は多くの兵を起して、彼らのところに行って討伐した。その時、転輪聖王は、兵士たちが戦って手柄を立てるのを見て、大いに喜び、その手柄に応じて賞を与え、あるいは田宅、集落、町を与え、あるいは衣服や厳かに身を飾る武具を与え、あるいはさまざまな珍宝、金、銀、瑠璃、法螺貝、碼碯、珊瑚、琥珀、象や馬、車、奴隷、人民を与える。しかし、ただその髪の毛の中に結い込んである明珠(みょうじゅ)だけは、与えなかった。なぜなら、その王の頭の上だけに、その明珠があるのであって、もしこれを与えてしまってたら、王のあらゆる従者たちは必ず驚き、大いに怪しむからである。

文殊菩薩よ。如来もまたその通りである。如来は禅定や智慧の力をもって、真理の国土を得ており、すべての世界の王である。しかし、多くの魔王は従わない。そこで、如来の賢く聖である多くの将軍たちは彼らと戦い、その手柄のある者に対して如来は喜び、あらゆる人々のために、さまざまな経典を説いて、その心を喜ばせ、禅定、解脱、そしてさまざまな修行の道についての教えを財宝として与え、さらにまた、涅槃を城として与えて、滅度を得たと言って、その心を引導して、みな喜ばせた。しかし、それでもこの『法華経』は説かなかった。

文殊菩薩よ。転輪聖王が、大いなる手柄を立てた兵士を見て、とても喜んで、長い間髪の毛の中に結い込まれた珠を、みだりに人に与えなかったにもかかわらず、今、それを与えるように、如来もまたその通りなのである。

すべての世界において、如来は大いなる教えの王である。教えをもって、すべての衆生を教化する。賢く聖なる軍隊が、魔である肉体の妨げや煩悩や死と戦い、大いなる手柄を立てて、貪欲、怒り、無知の三つの毒を滅し、迷いの世界を出て、魔の網を破るのを見て、如来は大いに喜び、人々を仏の智慧に導き、この世においては妨げが多く、信じることが難しいため、今までは説かなかったこの『法華経』を今説くのである。

文殊菩薩よ。この『法華経』は、多くの如来の第一の説教であり、諸説の中において最も深い教えである。力の強い王が、長い間保っていた明珠を、今与えることと同じなのである。

文殊菩薩よ。この『法華経』は、諸仏如来の秘密の蔵のようなものである。諸経の中で最も上にあり、長い間守り保って、みだりに説かなかったが、今日、初めてあなたがたにこれを説くのである」。

その時に世尊は、重ねてこの内容を述べようと、偈の形をもって次のように語られた。

「常に辱めを忍び すべての人々をあわれんで よく仏の褒める経を述べ伝えよ 後の末の世で この経を保つ者は 在家と出家と および菩薩でない人々に対して まさに慈悲の心を起こすべきである 彼らはこの経を聞かず信ぜず 教えを大いに失っている 私は仏の道を成就し あらゆる方便をもって この法を説いて 人々をその中に入らせる 

たとえば 力の強い転輪聖王は 手柄を立てた兵士に対して あらゆる象や馬や車 身を厳かに飾る武具 および多くの田宅 町や集落を賞として与え あるいは衣服 多くの珍宝 奴隷や財物奴を喜んで与える しかし非常に勇敢で 大変困難な手柄を立てた者には 王の髪の毛の中に結い込んだ明珠を解いて これを与えるように 如来もまたその通りである 

如来はあらゆる教えの王である 大いなる忍耐の力 智慧の宝蔵あり 大慈悲をもって教えを説いて世を教化する すべての人があらゆる苦悩を受け 解脱を求めて多くの魔と戦うのを見て この衆生のために あらゆる教えを説き 大いなる方便をもって 多くの経を説く そして衆生がその力をすでに得たと知るならば 最後にこの法華を説くことは 王の髪の毛の中に結い込んだ明珠を解いて これを与えるようなものである この経は尊く あらゆる経典の中の最上である 私は常に守護して 妄りに開示はしない 今まさしくこの時である あなたたちのために説く 私の滅度の後に 仏の道を求める者が 平安をもって この経を述べ伝えようとするならば ここまで述べた四安楽行を保つべきである(注2) 

この経を読む者は 常に憂い悩みはなく また病や痛みもなく 顔色は鮮やかとなるであろう 生まれ変わっても 貧しかったり不自由な体となったりしないだろう その姿は立派な聖人のようであり 人々が会いたいと思うほどであり 天のあらゆる童子が給仕をするであろう 刀杖も加えられず 毒も害することはない もし人が罵って来るならば その口はすぐに塞がるだろう 行き来することに恐れがないことは 獅子の王のようであり 智慧の光明は 陽の照らすようである 

もし夢の中にあっても ただ彼は妙なることを見る 多くの如来が獅子座に座り あらゆる僧侶たちに囲まれて 説法する姿を見る また大河の砂の数のように多くの龍神や阿修羅などが敬って合掌しており 彼は彼らに教えを説いている場面を見る また無量の光を放つ金色の仏がすべてを照らし 素晴らしい声をもって あらゆる人々のために この上ない教えを説く姿を見る 彼もその中にあって 合掌して仏を讃嘆し 教えを聞いて喜び 供養をして 陀羅尼を得 退くことのない智慧を得る 仏は彼の心が深く仏の道に入っていると知られ 彼に阿耨多羅三藐三菩提を得るであろうと記を授け 良き男子よ まさに来世において 無量の智慧の 仏の大いなる道を得て その国土は厳かに清らかであり 大変広大であり またあらゆる人々が合掌して教えを聞くであろうと語られるのを見る また彼自身 山林の中にあって 良き教えを修習し あらゆる存在の真実の姿を悟り 深く禅定に入って あらゆる方角の仏を見る その諸仏の身は金色であり 多くの祝福の形は荘厳であり 教えを聞いて 彼自身もその教えを説く 常にこのような良い夢を見るであろう 

また国王となる夢を見 宮殿や従者たち および五欲がこの上なく満たされることを捨てて 道場に行き 菩提樹の下において 悟りの座に座り 道を求め続けて七日を過ぎ 諸仏の智慧を得 最高の道を成就し 立ち上がって多くの人々のために教えを説き 千万億劫を経て 悟りの妙なる教えを説き 無量の衆生を導いて 後に煙が尽きて灯火が消えるように涅槃に入る 

もし後の悪しき世の中で この第一の教えを説くならば その人はここに述べたような功徳の大いなる祝福を得るであろう」

 

注1・ここからは第四の「誓願」に関する安楽行についてである。

注2・これ以降も偈の部分は続くが、四安楽行についての説教はここまでであり、続く個所は、『法華経』を読む者の功徳を説く内容となる。