撰時抄 その18 (完)

問う
昔、このように言った人はあるだろうか。
答える
伝教大師は、「まさに知るべきである。他宗の拠り所とする経典は第一の経典ではない。したがって、その第一ではない経典を持つ者もまた、第一ではない。天台法華宗は拠り所とする経典が第一である。そのため、『法華経』を持つ者も人々の中で第一である。これは仏の言葉によることであり、自ら讃嘆しているのではない」と言っている。麒麟の尾についているダニは、一日に千里を飛ぶと言う。転天王に従う者が、一瞬ですべての世界を巡る、ということを非難すべきであろうか、疑うべきであろうか。上の伝教大師の解釈を肝に銘じるか。もしそうならば、『法華経』をその経文通りに持つ人は、梵天王よりも優れ、帝釈天を超えている。阿修羅を従わせれば須弥山をも担ぐことができ、竜を従わせれば大海をも干上がらせることができる。
伝教大師「(『法華経』を)讃嘆する者は福を安らかに積み上げ、謗る者は罪を地獄の底に向かって開く」と言っている。また『法華経』に「この経を読誦し書写して持つ者を見て軽蔑し妬み憎む者は、その人の命終われば、地獄に堕ちる」とある。釈迦の言葉が真実ならば、多宝仏の証明が確かならば、十方の諸仏の舌が一定ならば、今の日本のすべての人が、地獄に堕ちるということは疑いようがない。『法華経』に「もし後の世において、この経典を受け保ち読誦する者は、あらゆる願いも空しくならない。また今の世において良い報いを受けるであろう」、また「もしこの経典を供養し讃歎する者は、まさに今の世において目に見える果報を得るであろう」とある。この二つの文の各八文字、合計十六字の文は空しくなって日蓮が今生に大いなる果報がなければ、如来の金のように尊い言葉は、提婆達多の虚言に同じということになり、多宝仏の証明は倶伽利の妄語に異ならない、ということになる。そうなれば、正しい教えを非難するすべての人々も、地獄には堕ちないことになり、過去現在未来の諸仏もいないことになってしまうではないか。したがって私の弟子たちは、『法華経』の言葉通りに、身命も惜しまず修行して、この仏の教えが真実であるか試みよ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経

法華経』に「自分の命を愛せず、ただこの上ない教えを惜しむ」とあり、『涅槃経』に「たとえば、弁論に優れていて、巧みな手段の豊かな王の使いが、命令を受けて他国に赴き、命を失おうとも、ついには王の言葉を伝えるように、智者もまた同じである。凡夫の中において命を惜まず、必ず大乗仏教の仏の秘蔵の教えである『すべての人々にみな仏性があるのだ』と説くべきである」とある。
問う
どのような理由で、命を捨てるまでにならねばならないのか、詳しく教えてほしい。
答える
私は最初、「伝教大師弘法大師や慈覚大師や智証大師などが、天皇の命によって中国に渡ったことが、この『自分の命を愛せず』ということに当たるのだろうか。玄奘三蔵が中国からインドに入って、六度も命を落としそうになったこともこれか。雪山童子がたった半偈を聞くために身を投げ、薬王菩薩が七万二千年間、臂を燃やし続けたこともこれか」と思っていたが、経典の言葉によれば、そうではなかった。
経文に、自分の命を愛せずということは、まず、三種類の敵をあげて、彼らが悪口を言い、刀や杖を振るって、命を奪おうとすることがあげられている。また、『涅槃経』の文に、命を失おうとも、と書かれており、それに続いて「仏になれない者がいた。阿羅漢の姿をして、静かなところに住んで、大乗経典を誹謗する。多くの人はこれを見て、真実の阿羅漢であり、大菩薩であると言うであろう」とある。『法華経』の文に第三の敵について「あるいは寺院に衣を着て、静かなところにあって、世の人々に尊敬されている神通力を得た阿羅漢のような者がいる」とある。『般泥洹経(はつないおんきょう)』に「阿羅漢に似た仏になれない者がいて、悪業を行なう」とある。
これらの経文は、正しい教えを批判する本当の強敵は、悪王悪臣でもなく、外道魔王でもなく、破戒の僧侶でもなく、戒律をしっかり保ち、智慧のある僧侶の中にいるということを説いている。したがって、妙楽大師は「第三の最も大きな敵は、見破るのが難しいからである」と記している。『法華経』に「この『法華経』は諸仏如来の秘密の蔵である。諸経の中において最も上にあり」とある。この経文の、最も上にありという四字があるが、この経文が真実であれば、『法華経』がすべての経典の上にあると言う者が、『法華経』の行者であるということになる。
しかし、国王に重んじられている人々が多くいて、それらの人が『法華経』よりも勝っている経典があると言っており、そのような人々と論争しても、彼らは王や大臣の帰依を受けているが、『法華経』の行者は貧しいために、国をあげて卑しめるのである。そのような時、常不軽菩薩のように、賢愛論師のように正しいことを述べるなら、命の危険が迫るのである。これが第一の困難である。
この事は、今の日蓮自身に当たることである。「弘法大師、慈覚大師、善無畏三蔵、金剛智三蔵、不空三蔵たちは『法華経』の強敵である。経文が真実ならば、彼らは地獄の底に堕ちることは疑いがない」などと私が言うことに比べれば、裸で大火に入る方がたやすいのであり、須弥山を手に取って投げる方がたやすいのであり、大石を背負って大海を渡る方がたやすいのである。
日本にこの法門を立てることは、非常に重要なことである。『法華経』が説かれた霊山浄土の釈迦や宝浄世界の多宝仏や十方分身の諸仏や地涌千界の菩薩たち、さらに梵天帝釈天、日天子月天子、四天王など、現実的世界と霊的世界において助けて下さらなければ、一時一日も安穏でいられようか。

 

 

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